「マジックをしないマジシャン」であるテツローが人生の終わりに向けて、ボブ・ディラン、演芸舞台、写真、海外旅行、麻雀、電子ガジェット、自分の思い出等々をやたら長い文章で書き散らかす終活ブログ。ちなみに文字が多めで画像のほとんどない昔のブログはこちら → http://m-tetsuro.tumblr.com/
2010年10月31日日曜日
本日のイベント
お題に対する回答は、割とたくさん出せたが、それが良かったのかどうかは良く判らなかった。お客さんが少なかったので。
そんな訳で、次も大喜利のイベントには参加してみたいと思う。
ちなみに、今日の舞台の共演者の方々は以下の通りです(敬称略、思い出し順)。
奥山ツンヂ、イエスマン・小澤、シャッフル同盟・田之上、ホンダ、パク・ナンス
(122 + 1 = 123 stage)
2010年10月24日日曜日
2010年10月21日木曜日
2009年7月5日日曜日
ルール無常
先日、麻雀をしてた時のこと。
僕は2着に1万点ほどの差をつけたトップ目で、場は僕のラス親が終わった直後のオーラス。下家の親がサイコロを振って「6」と出た。
ラス目の親は、なかなか進まないながらも大きな手を作っているようすで、ラス争いの対面(南家)は、ホンイツを縦に伸ばしたのか、翻牌を鳴いた後は「うー」とか「あー」とか言って苦しんでいた。2着目の上家(西家)は浮きの2着で良しとしたのか軽い手を作ってるようだったが、親の様子を見て中盤から徐々に降りだし、僕はそれに合わせて打っていた。
僕にハイテイが回ってきたが、きっちり降りきって「終わった」と思った瞬間、やおら親が王牌をツモり「おったー!ツモ!」と言って赤伍索を卓に叩きつけた。右6だから、西家の前に残る1幢までが王牌になるのを、親がツモ山がまだあると勘違いしたのだ。
「へへへ、6000オールやで」そう言って親が手牌を開こうとした瞬間、南家と西家が同時に「それ王牌」とつっこんだ。山を見て事態を飲み込んだ親は、悔しそうに「なんやねんクソー!」と言って、牌を山に戻した。
「でも、まあええわ。俺、テンパイな」そう言って今度は手牌を開き、一本場の百点棒を準備する親に、またもや南家と西家がつっこんだ。
西家「ツモって言うたでしょ?」
親 「言うたけど、(手牌を)倒してないやん。チョンボちゃうやろ?」
南家「チョンボじゃないけどな」
親 「ほんならテンパイでエエんちゃうんか?」
南家「チョンボじゃないけど、それはアガリ放棄やわ」
親 「アガリ放棄?」
西家「アガリ放棄はテンパイ無効やから」
一瞬の間をおいて、親はさっきより大きな声で「なんやねんクソー!」と言った。
ルールの解釈はいろいろあるとは思うけど、規定のツモが終わった後のアガリ放棄でテンパイ無効。
最初の夢であった6000オールも無く
次の夢であったテンパイ料も無く
そして無論、連荘もない
たった一言で天国と地獄。
ルールは無常だ。
2009年6月23日火曜日
ゴチーになります
明け方近くに麻雀を打っていたら、面子の一人が上家から出た赤五索を「チー」と言って、上記のように晒した。
もちろん誤チーである。
ワタクシ、誤ポンや誤ロンは何度も見たが、晒し間違いではない「完全誤チー」に遭遇したのはこれが初めてでした。あな珍しや。睡眠不足って怖いね~。
ところで、チーとポンの中間形態のこの形、発声するとすれば「チン」と言うのが正しかったのでしょうか?
それとも「ポー」と言うのが正しかったのでしょうか?
ご存知の方、ご連絡下さい。
2009年5月26日火曜日
マーカ・テンドーさん
長い惰眠から目が覚めたら、なんとマーカ・テンドーさんの訃報に接することとなってしまった。こんな事を知るぐらいなら、起きなければ良かった。本当に残念です。
テンドーさんと言えば、海外のコンベンションで会った際に
「お前ら今回(のコンテストでは)、なにすんねん?」
とおかしなイントネーションの大阪弁で尋ねてくるというのが、お決まりの挨拶でした。
マーカ・テンドー/真田豊実という日本が世界に誇る二大カードマニュピレーターの「二人会」に、むりやり枠を作ってもらって参加させて戴き「場違いな競演」を果たしたこともありました。
初めて出場したコンテストの一回目の演技の後、わざわざ控え室まで来て
「めちゃくちゃ面白かったよ。次(二回目の演技)もあるんだろ?もう一回観るよ!」
と言って戴けたのは、一生の思い出です。
とにかく本当に何と言うか、残念です。