2026年2月2日月曜日

「GNU Hurd は2026年中にリリースされない」にホーキング ベット!

 

日本語訳版スクリーンショット

2月早々にこんなニュースが流れてきてますが、2026年も結局 GNU Hurd はリリースされないんじゃないでしょうかねぇ。

GNU Hurd は、1990年に開発が始まって今年でなんと36年目。未だに正式なVer.1.xは発表されていません。

GNU Hurdが全然リリースされる気配がない事から、仕方なく的に1991年から開発の始まったLinuxは、バージョンアップを繰り返し、今やフリーのUNIX系OSでは最大派閥としてデファクト・スタンダードの地位をガッチリ固めている。

また、GNU Hurdと同じMach系の兄弟とも言うべきmacOSは、OPENSTEPという母体があったとはいえ、それを3年がかりで大改造する事になりリリースは2001年とLinuxより10年以上遅くなった。しかし、以後は見た目の美麗さとAPPLEブランドで商用UNIX系OSとしてはそれなり以上の地位を得ている。

それに比べるとGNU Hurd の現状は、なんとも寂しい成果であると言わざるを得ない。最終リリースが10年前の0.9で止まっているというのが、なんともはやである。

開発だけで36年目である。これは途方もない年月だ。一般的なスポーツ選手なら誕生し、なんらかの成果をあげ、引退している月日である。

一般的にUNIXの開闢(かいびゃく)とされるのは1969年(57年前)。実にUNIXの全歴史の63%はGNU Hurdの開発期間なのである。すごっ!

ちなみに開発の始まった1990年と言えば、Microsoft であれば Windows 3.0がリリースされ 、任天堂であればスーパーファミコンが発売され、そして、世界最初のWWWがその年の12月にやっと生まれた、そんな年なのである(ちなみにNetscapeが誕生するのはその4年後である)。

むろんテレビはブラウン管でビデオはVHS。カメラはフィルムが当たり前で「デジカメ」という言葉は無く、高精細テレビは一般向けには発売されておらず、それを指す名称は「ハイビジョン」で、しかもアナログだった。そんな時代である。

そんな時代に開発が開始された GNU Hurd がいよいよ今年正式リリースに到達する、という噂。

36年という年月を考えれば「十分にあり得る」話である。しかし、36年間まったくリリースされなかったという事実を鑑みると「あり得ない」とも思える……。

個人的には、是非ともリリースまでこぎ着けて欲しいと思っている。あきらめ半分の気持ちもあるが……。

こういうモヤモヤした気持ちの時に有効なのは「スティーブン・ホーキング的賭け方」である。

ホーキング博士は、自分の「期待する結果を否定する方」に賭けるという「保険的な賭け」をよくしたそうだ。こうしておけば「自分の期待する結果」だった場合は普通に嬉しく、「自分の期待する結果ではなかった」場合も賭けには勝つことが出来る。

だから僕は「2026年中にGNU Hurd は正式リリースされない」に花京院の魂を賭けます!

さあ、この賭けの行方やいかに?


2026年2月1日日曜日

ナビの「上・下問題」は一体いつ解決するのか?


 これなんか、昔からずっと言われているんですよねぇ。意味的には逆だけど「カーナビに高速ボタン」が欲しいというパターンで。それこそ、カーナビが一般化した時からずっと言われている。

しかし、未だに実装したメーカーを自分は知らない。とは言え、僕はカーナビを載せなかったので、他人が使っているところしか見たことがない。本当はその機能があるのに「説明書を読んでないから知らない」というのは往々にしてある事なので実体は不明だ。

ただGoogle様のサジェストも「高速ボタン」はなさそうな雰囲気がプンプンしているので、やはりないのではないだろうか?

Google検索のサジェストも未だにこんな感じだし

カーナビであれば、なにか法的な部分で「運転中に操作してはイカン!」みたいななにかがあるのかもしれないが、あれだけハンドルにボタンをつけるオプションパーツや音声入力もあるのに、手動での「強制的高速モード」みたいなのが付けられないのは正直意味不明である。

ま、上記のポストの方が言ってる「ナビ」は、多分スマホの事だと思うが、現状地図アプリ等も「上」や「下」のレイヤー分けなどは行ってないようである。

僕はGoogle Mapsしか使わないが、こいつも「上」や「下」がある場面では超絶使いにくい。「下道+高速のジャンクション」とか、クリックする度に「上」や「下」が入れ替わるので、本当に目眩がする思いだ。

大阪梅田のこの辺とか地獄なんですよねぇ
地上に出たり、地下に潜ったり、上(新御堂筋)に登ったり
(Google Mapsより)


無料で使わせてもらってる立場上あまり強く言えないが、でも本当にとても使いやすいとは到底言えない。なにか解決策あるでしょ、Googleさん?

ともかく、昔からみんなが不満を持っているのに、不満を解消する事なく別方向に進化し続けているもの

  • ワイパー
  • ナビゲーションシステム

これが現代の三大不毛改良品です。

これらが真に解決される未来は一体いつ来るのか?

早く来てくれないと、あたしゃ死んじゃいますよ。歳なんだから。

2026年1月27日火曜日

たぶん、ものすごく複雑な処理(ではないです)


 「最高に面白い時期」と「死ぬほどつまらない時期」の振れ幅が大きい人と言えば、世の中的には糸井重里さんという事になるんでしょうか?

でも、この人の凄いところは、その「死ぬほどつまらない時期」を通過した後に、また再び「最高に面白い糸井重里」として復活するところで、面白くないままフェードアウトしないところが、やはり並の人ではないなと、そう思うわけです。

2026年1月26日月曜日

「超時空世紀オーガス」のブガッティ・ヴェイロンの謎

 

今日たまたま、たくさんの車を見たので思い出したが、もうちょいコレ誰か話題にしてもええんとちゃうの?

そっくりやん。

2026年1月20日火曜日

なんでも「◯◯道」風にしたがるのは日本人の悪い癖


時代に逆行するような取り決めだと思うが、案外賛成の人が多いようでちょいとびっくりである。

なんというか、日本人のどんな事にも真面目に取り組む姿勢というのはとても良いと思うが、個人判断での「ON/OFF」を全く許さないという厳格な真面目さを要求する事については、本当に毎度辟易とする。

要するにこれは「相手(選手)を信用していない」という事だと思うし、いい大人をいつまでも子供扱いしてるだけだと思う。別に作戦やチーム事情をべらべら喋るようなアホは居ないだろうし、もし居たとしたらそいつが個人的に処罰されたら良いのだ。大人なんだから。

日本人は、割となんでも「道」みたいな捉え方をして、しかめっ面の「面白くない顔」で取り組むというのを「善」とする嫌いがある。

一瞬も気を抜くな、歯を見せるな、笑顔禁止、一生懸命やれ、100%真面目に、休み時間などない、という感じのアレである。

笑顔だと真面目にやってない判定になるの、いい加減に見直さないとかなりマズイと思いますけどねぇ。

まあ、「面白くない顔」をしてりゃ、とりあえず真面目にやってると思ってくれるんだから、ある意味チョロいと言えばチョロいんだけども。

でも、それって楽しいかえ?
見てる方も、それを見て面白そうと思うかえ?

敵チーム同士が塁上やゲーム開始前にわちゃわちゃやってるMLB。そこからの映像がばんばん入ってくる昨今においてなお、「敵チームとは仲良くしなでおこうなっ?なっ?」みたいなやり方が果たして今後の野球人口増加にどう寄与するのか?

ま、見ものである。


2026年1月19日月曜日

決意表明 on SNS



 なんと言うか、まさにこれが「なにごとか大事(だいじ)を成し遂げた事のある人」の意見なんでしょうなぁ……。

アイデアに対する称賛の拍手すらも本人のモチベーションを削ぐ要素になるというのは、我々凡百の人間とは正反対なのでびっくりです。

普通の人であれば、せめてアイデアへの称賛や共感ぐらいは「先払い」で欲しいものですからね。そして、需要があるなら作ってみようか、みたいな感じですもんね。

もちろんやる気が減退しない人もいるでしょうけど、孤独になにかに打ち込みたい人にとっては「無風」こそが最高の追い風なんでしょうね。

2026年1月18日日曜日

著作権が強すぎる


 これは本当にそうで、著作権法って強すぎるんですよね。しかも異常に強い。

似たような制度の特許法ですら最長20年(+5のものあり)で、しかも出願(金銭的負担+面倒くさい)して審査されて認められて登録してもらっても、4年目以降には更新の特許料を払わないと20年を持たずして自動的に無効になってしまうという超絶的なハードルの高さなのである。

それに引き換え著作権は、基本的に「作るだけ」でオートマチックに取得出来る。本邦においては「©copyright」の表記さえ不要で、そして作品の著作権自体は放棄も譲渡も出来ない。

しかも、作者の死後70年間有効という超ロングラン公演なのだ(映画等は公開から70年)。

70年という長さも異常だが、なぜ「作者の死後」からカウントダウンが始まるのかも謎である。せめて発表からとか、なんかあるだろうよ。

もっとなんとか期限を見直してもらいたいところであるが、見直したところが「作者死後から50年」だったものが「死後70年」へと変更されたので、結果、著作権法はますます強大になってしまったのである。

この辺はいわゆるディズニーの「ミッキーマウスの著作権切れ問題」がいろいろと関係していると言われているが、それがホントなら、ディズニーいい加減にしろよと言いたい。


さて、著作権の有効期限が長過ぎる弊害として、過去の名作が広まらないまま埋もれ、そして消えていくという問題がある。

特に映画や漫画で顕著であるが、「あっ、これは隠れた古典的名作だな」と思っても、権利者を探し出して著作権料を払って世に広める作業というのは、労力が過ぎるのである。結果、著作権が切れるまで「放ったらかし」にされる訳である。

「古典的作品は自然消滅し、新陳代謝を起こし、業界が活性化するのでは?」

という興行的出版的意見もあるだろうが、文化的な面で見れば過去の作品が「無き物」として扱われるのは多大なる損失である。演出、表記法、技術のルーツが失われてしまう可能性もある。

だから、著作権の有効期限はもっと短くするか、作者の死後すぐ切れるか、放棄出来るようにするか、世の中的には「放棄されたも同然」と看做せるなにかの基準が欲しいところである。

ちなみに僕は手塚治虫先生の「ワンサくん」が単純にキャラクターとして好きなのだが、世の中の人は「ワンサくん」をほとんど知らないでしょ?僕からしたらそれは非常にもったいないと思うのですよ。

まあ、手塚先生の場合は他にも魅力的な「隠れたキャラクター」はいっぱいいますけどもね。

とにかく、著作権法はもっとゆるくなって欲しい。