2022年4月28日木曜日

飲み終わったら終わるラジオ(24) 「かくこと」

 まずはこの14分程の動画を見てやって下さい。


今回も後輩芸人の福人(ふくんちゅ)君のYouTube番組にゲスト出演してました。

今回の一文字は「え」から絵心、そこから絵を描くこと、ブログを書くこと、字を書くこと等々、「かくこと」を中心とした話題になりました。
(「続きを読む」以下、およそ2,300文字)


小学一年生の時に、担任の先生とほぼ二学期いっぱいを「字の書き方」についてやりあったのだけれども、これにはちゃんとした理由がある。

この先生は「いついかなる時でも字は正しく書かねばならない」という信条の人だったので、国語や習字の時間以外でも、とにかく文字に対する細かい間違いを指摘し、算数や理科、ときには図工であってさえも「とめ・はね・はらいが正しくない」という理由で採点を下げるような行為を日常的に行っていたのです。
それに対する不満が募っていた僕は、ある日とうとう「字なんか読めたらそれでええやろ!」とブチギレでしまった、というのが顛末なのです。

先生の「正しく教えたい」という気持ちは理解出来るが、その「お気持ち」は国語や習字の時間だけにして欲しかったです、本当に。

でも、僕、動画の中で「毛」の書き方を思いっきり間違ってますね。
一画目、二画目ともに左へ払ってますが、二画目は「左から右で止め」ですね。

この事を指して「正しい筆順、筆使いで書きなさい!」と言ってたんですね。
先生、スミマセンでした!


####


僕は書くのが好きですが、それと共に自分が書いたものを捨てられない、というちょっと困った性分もあって、2011年に泣く泣く処分するまで、小学一年生の時からのノートやプリント類を全部取ってありました。

ずっと取っておいたノート類を処分した話:

結局ノート類は処分したのだが、今ノートの代わりにどんどん溜まっていって困っているのがメモとブログの「下書き」。

その場その場で思いついた事をちょちょいとメモして「メモ入れ箱」に入れているのだが、これがもう満杯で整理もつかず、さらにそれらは日々増え続けていて、なおさら収拾がつかない状態になっている。

ブログにも書きたい記事がたくさんあるのだが、冒頭だけ書いたり完全にまとめ終わってない「下書き」がすでに55件もたまっていて、なかなか新規記事が書けない。

その中にあってこの「飲み終わったら終わるラジオ(飲終終ラ)」の記事は、ほぼ定期的に動画が更新されるので新規記事を次々と書ける楽しさがある。
ただ、そのおかげでその他の記事はどんどん後回しになり、ますます書かれなくなるというのはあるけれども。

「飲み終わったら終わるラジオ」の記事は、あくまで補足として書いてるだけなので、特になんの手元資料も「挿絵」も用意しなくて良いし、思いついたまま書けば良いだけだから楽で良いのだ。

おまけに動画と連動してるからか、僕の書くブログ記事の中では比較的読まれている方なので、書いてる側とすればこれは本当にありがたや、ありがたやなのです。

####

二年間絵の勉強をしてますが、これはなにも絵画的、写実的な絵を描きたいという訳ではなく、状況説明に使えるような漫画チックな絵を描けるようになりたいという欲求からです。
旅行記の「上海篇」については漫画っぽい表現で描きたいなと、思っているので。

ところで、動画の中で言及していますが、漫画っぽいイラストを描きたい人向けの「あなたも描けるようになります!」みたいな教則本は、正直言ってあまり良い本がないです。

思うにこれは、絵が描ける人は絵が描けない人の「描けない理由」が全然理解出来てないからだと思います。

例えば、そういった教則本によくある「大まかにアタリをとってから描いてみましょう!」みたいなレッスンも、絵が描ける人からすると「初心者はきっと『アタリ』を知らないでいきなり描いているから絵が描けないんだ」という思い込みからスタートし、「大まかな形を描いてから徐々に細かく描いていきましょう!」みたいな説明で「アタリの説明完了」となっているが、実際には絵が描けない人でも「アタリ」という技法(コツ)があることぐらいは知っていると思います。

絵が描けない人の真の問題は、例え「アタリ」という技法を知っていたとしても
  • アタリを取るための空間認識能力
  • 実際に線を引く際のペンの動かし方
  • アタリが変だった場合の修正能力
のどれもが無いという部分なんですよね。

つまり絵が描けない人のほとんどは「アタリを描くことすら出来ない」のです。

それと、絵が描ける人は結局のところ雰囲気や直感、センスや癖で線を引いている節があり、どうもそれに対して後付けで理論風な説明をしているので、絵や図が説明と矛盾していたり、日本語の文章として非常に不自然だったりと、説明が説明として機能していない場合が多々ある(これは編集者が校正校閲をきちんと行っていないという問題でもあるが)。

ゼロから二年ほど頑張った僕から言わせてもらうと、透視図法なんかの「技法を知るだけで一気に上手く(それらしく)描けるようになる」技術も一部にはありますが、漫画チックな絵やイラストに関しては、一足飛びに上手くなる方法論や技法はなく、結局のところ「たくさん描いて慣れるしかない」というのが本当のところだと思います。特に顔は。

つまり、孔子先生の有名な一節
これを知る者はこれを好む者に如(し)かず。
これを好む者はこれを楽しむ者に如(し)かず。

の精神で頑張るしかないという事です。

ただ、絵が下手な人には「楽しんで描く」というのが、正直かなり難易度高いんですけどね。

「絵を描くこと」で感じた事がたくさんあるので、これもまたいつかブログに書きたいと思ってます。いつになるかは判りませんけども。

僕がどの程度の絵を描けるのかは、以下の記事の挿絵を見てください:

0 件のコメント: