昔のMac関連の雑誌では、初代Macintosh発表会の様子を伝えるものとして
Macが「そのカバン(「箱」するものもあったような)から出してくれてありがとう」と喋った。
というような一文を何度か見た。
なので僕はMacintoshがその一文だけを喋ったのだと、ずいぶん長いことそう思っていたのだが、たまたま YouTubeでみつけた当時のビデオでは、もっと長々と喋っている。
以下のビデオがそうだ。
(Macintoshが喋っている部分を即座に見たい場合は3:27まで飛びましょう)
このビデオは1984年1月24日のアップル年次総会でのMacintosh発表の様子だそうで、Macは以下のように「自己紹介」したそうな。
Hello, I'm Macintosh. It sure is great to get out of that bag.As accustomed as I am to public speaking, I'd like to share with you a maxim I thought of the first time I met an IBM mainframe: NEVER TRUST A COMPUTER YOU CAN'T LIFT!"Obviously, I can talk, but right now I'd like to sit back and listen. So, it is with considerable pride that I introduce a man who's been like a father to me ... STEVE JOBS.
訳:(DeepL様による)こんにちは、私はマッキントッシュです。あの袋から出られて本当に素晴らしい。人前で話すことに慣れているとはいえ、初めてIBMメインフレームに出会った時に思いついた格言を共有させてください:「持ち上げられないコンピューターは絶対に信用するな!」もちろん、私は話せるのですが、今は座って話を聞きたいと思っています。そこで、私にとって父親のような存在である人物を、大きな誇りを持ってご紹介します…スティーブ・ジョブズです。
今の時代から見れば、発音は明瞭じゃないし、いかにもな「コンピュータ的喋り」であるが、当時の人はこれを見て熱狂したのだ。音声合成というのが当時は「未来」だった訳だ。
自分が買うことの出来る(「市販品で買おうと思えば手の届く価格」という意味)パーソナル・コンピューターが、こんな風に喋ってくれるんだったら、そりゃビックリでしょうよ。
そして、他のデモ画面も心惹かれるモノばかりだ。
ところでこのデモは、本当に壇上に上げた実機で行われたものなのだろうか?
Macを起動し、フロッピーディスクを一枚差し入れただけで、果たして本当にあのデモが動いたのだろうか?
なにか非常に怪しい気がするので、ちょっとこの謎を追ってみよう!
もちろん「Chariots of Fire(「炎のランナー」のテーマ)」は、当然あのフロッピーディスクには収められていないのは判っている。どう考えてもあれは会場の音響だ。音質が良すぎる。だからこれは除外。
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| 初代Macintoshのシステムディスク つまりOS本体だ macOSの始祖である |
ちなみに初代 Macintosh のフロッピーディスクのサイズはわずかに400K Byteである。
この容量にシステム(OS)以外に以下のものを収める必要がある。
- まず最初の "MACINTOSH" の流れる文字と "Macintosh insanely great" のアニメーション
- 次にアプリケーション等の画像11枚
- そして Macintosh本人の「自己紹介」
- 最後にこれらをひとまとめにして動かすプレゼンテーション用のプログラム
こうやって冷静に列挙してみると、やっぱり無理なんじゃないかと思えてくる。
やはりあれは、「デモ用の映像」をそれらしくスクリーンに映して誤魔化しているだけなのだろうか?
とりあえず、ひとつずつ検討してみよう。
「1」これらはなかなか容量を食いそうな感じがするが、これは当時のMacでもそこまで巨大なサイズにはならないと思う。フォントは拡大出来るし、筆記体の図形はROM内にQuickDrawがあるおかげで画像を用意しなくても済む。
ただこれらをキックするプログラムがどのぐらいのサイズになるのかは、僕には全然判りませんが。
「2」の画像であるが、これは白黒2値のせいぜい 512 x 342のサイズなので、それぞれはそんなに大きくはない。単純に計算してみると 512 x 342( x 1) = 175104 bit で 約22KB。
しかし、それらが11枚ある訳で、つまり素の画像本体だけで22KB x 11枚 = 242KBある事になる。もうこれで400KBの半分以上使ってしまった計算だ。ヤバイ……。
ただしモノクロ2値の画像は、古典的で単純な圧縮でもかなり小さくなるので、そのまま素の画像を使ってるとは思えない。なのでこれは「おおよその最大値」というただし書きが要る。
「3」は、これは当時のMacintalkによるTEXT-to-SPEACHだと思うので、文章のテキストファイルと、あと関連するその他もろもろ。
テキストは、この頃は平和なASCIIのみの時代なので403文字は403Byte。大まかに410Byteとしてもこれは知れてる。あとは、これを起動するプログラムだけ。
「4」はプログラムなのか、それとも気の利いたスクリプト的ななにかがあったのか知らないが(多分無いと思うが)、それが必要である。
画像が思った以上に容量を取っていて、プログラムのサイズが全然見当がつかないが、こうやって整理して見ると、今度は逆に400KBでもなんとかなりそうな気がしてくる(どっちやねん!)。
なんと言っても当時の超一流の腕っこきの天才を集めて開発されたMacintoshなので、自分のような凡百の人間が「なんか無理そう」と思ったところで、本人たちはあっさりとクリアしている可能性が大きい。なので僕が「これはイケるやろ」と思えば、それはやっぱり楽勝でイケるんじゃないかなと思う訳です。はい。
でも、ギリギリなのはギリギリだとは思いますが。
しかし、疑り深い自分としては「プロジェクター用の別撮り映像じゃないの?」という疑惑はなかなか捨てきれない。決定的な要素というものが必要だ。
そこでいろいろ調べてみると、もう一つ別の映像を見つける事が出来た。
これは最初のビデオから6日後、1月30日にボストンで行われた発表会のもの。収録されている内容は、冒頭のIBMを小バカにした話に始まり、Macintosh発表からCM、開発者達によるアプリケーションの紹介、開発者と途中乱入したスティーブ・ウォズニアックらによる会場の観客との質疑応答までと、最初のものに比べるとずいぶんと長尺版である。
Macの発表パートでは、最初のビデオと同じ「フロッピーデモ」を行っているが、こちらは明確に舞台中央奥に設置されたスクリーンに投影しているのが判る。
あまりにもスムーズに進むデモに「やっぱり別撮り映像を映してるだけなんかな?」との推察を深めつつ、ビル・アトキンソンがMacPaintの機能を紹介している場面を見てふと気がついた。
ビル・アトキンソンの操作するMacPaintの画面はスクリーンに投影されているが、舞台上にはアトキンソンのMacを撮影しているカメラマンは居ない……。
つまりこれは、アトキンソンが操作をしているフリをしているか、あるいはMacから直接スクリーンに投影出来るような「なにか」をしているかだ。
ビデオを仔細に眺めてみると、舞台上のMacの背面から一本の見慣れないケーブルが伸びているのが見て取れた。本来そこには拡張ポートなどない場所である。
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| こんなところに謎のケーブルが一本生えている これはおそらくロジックボードからビデオ信号を 外部出力用に分岐させたものだ |
「あ!!これはビデオ出力を取り出せるようにしたカスタムMacなんや……」
そういう訳だったのだ。
発表会で使われていたMacintoshは、ビデオ信号を本体から直接取り出せるようになっていたのだ。だから、Macの画面をカメラで撮影するという野暮な真似はしなくて良かったのだ。
でも待てよ。最初にバッグから出てくるMacにはあのビデオ信号を取り出すケーブルは繋がってなかったんじゃないか?
だって、バッグからスムーズに出てきたし。
バッグに変な切りこみでも入ってるのだろうか?
ビデオ信号出力ケーブルが繋がってないという事は、やっぱり「フロッピーデモ」もはったりなのだろうか?
そこでもう一度、バッグからMacを取り出すところをじっくり見てみると、Macを取り出した後、電源ケーブルを挿す動きのところで、ほんの少しもたもたしているのが判った。もたもたしているというか「電源ケーブルを挿すだけ」にしては少し長い動作、いや明らかに「2アクション」している。
手の動きを見ても、電源ケーブルを挿した後、なにかを背面に「挿している」ようだ。
つまり、あの「ビデオ信号取り出しケーブル」は、直付けではなくわざわざポートを作ってそこにケーブルを挿すという凝った作りをしているのだ!
そして、ここで2アクション使ってもビデオ信号取り出しケーブルを接続しているということは、「フロッピーデモ」は、本当にフロッピーからデモを立ち上げているという事だ!
えー!凄い!400KBのフロッピーやのに!
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| よく見ると最初の1月24日のビデオでは、 矢印の辺りにうっすらとケーブルが映っている |
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| ちょいとトーンをいじればこの通り一応見える ここからビデオ信号をプロジェクター等に送っていた訳だ |
これで「フロッピーデモ」は実際に行われただろうという事が確信できた。
めでたし、めでたし。
ちゃんちゃん。
以下、長い余談:
いろいろ調べたところ、このフロッピーデモは84年の1月16日にソフトウェアの最終マスターが完成した後、例によってスティーブ・ジョブズの思いつきでMac開発チームの数名が追加で作らされたそうなのだが、やはりというか初代Macintosh(124K)ではメインメモリの容量が足りず、きちんと動作しなかったそうだ。
そこで、研究室にあった当時まだこの世に2台しかなかった512K Macのプロトタイプを使って、発表会のデモを乗り切ったそうだ。
つまり、あの壇上にあるのは製品版の初代Macintosh(のカスタム)ではなく、その年の9月に発売する予定だった512K Macintoshのプロトタイプだったのだ。正直言ってこれはズルい。別撮りの映像を使うのと同じぐらいズルいと思う。
おまけに1月24日の年次総会の前日のリハーサルでは、このフロッピーデモは上手く動かず、ジョブズはそれに対して怒り狂っていたらしい。
ちなみに、この「フロッピーデモ」の担当は次の通り:
- スティーブ・ジョブズ(Steve Jobs)
「Chariots of Fire」を流しながらアプリケーションのスライドショーを表示するというアイデアと共に制作を指示 - スティーブ・キャップス(Steve Capps)
冒頭の「MACINTOSH」の流れる文字のアイデアと実装 - ブルース・ホーン(Bruce Horn)
"insanely great" のアニメーション部分のアイデアと実装 - スーザン・ケア(Susan Kare)
絵/スクリーンショットの制作・収集 - マイク・ボイチ(Mike Boich)
ソフトウェア・エバンジェリストでマーク・バートンをメンバーに紹介 - マーク・バートン(Mark Barton)
音声合成エンジン(S.A.M)開発者でAppleのサードパーティ - スティーブ・ヘイデン(Steve Hayden)
Macの自己紹介の文章を考えた広告代理店(現在のTBWA\CHIAT\DAY)の社員 - アンディ・ハーツフェルド(Andy Hertzfeld)
全体の取りまとめとText-to Speech(MacinTalk)の作成
ところで、このフロッピーディスクには、その後の所在に2つの噂があって、ひとつは「額に入れられてジョブズ(もしくはアップル)が保管している」というもの、もうひとつは「第三者が入手して保管しているが、その人は見せる事もコピーする事も拒絶している」というものだ。
どちらが本当でどちらが嘘なのかは分からないが、デモに使ったフロッピーディスクは少なくとも2種類あるのが確認されているので、もしかしたら両方とも本当という可能性もある。
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| (右) 1月24日の年次総会の白いフロッピー (左) 1月30日ボストン会場での黒いフロッピー(ラベル付き) ちなみにジョブズのネクタイも蝶ネクタイとレギュラーで違う(細かい) |
また、このフロッピーディスクを模した個人制作の「フロッピーデモ(イントロデモ)」は、ネット上に転がっている(https://www.macintoshrepository.org/18752-mac-intro-replica-)ので、古いMacintoshを持っていて試してみたい方はどうぞ。
あと、最後のどうでもいい小さな謎は、1月24日の年次総会での発表は、結局カメラでMacの画面を直接撮影している、という部分である。
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| 24日年の次総会では、映像にMacの縁がある…… わずかに真正面を外しているので会場での一発撮りだと思われる これはやはりカメラでMacを撮影してスクリーンに投影したという事か? それとも単に会場の雰囲気を撮影しただけか? |
1月24日のビデオは、おそらく年次総会という事もあって株主やメディア向けに収録したものだと思う。だから何台ものカメラで撮影を行って、それらを編集し最終的にVHSかなにかで残したのだろう。
だからその中からMacの画面を直接撮影したものが「他のものより綺麗だった」という事で選択されたとしても全然不思議はないのだが、それにしてもスクリーンを映したものよりもMacの画面を直接撮影したものの方が綺麗だったというのは、なにかちょっと納得できないものがある。
当時の会場の様子とか、より詳細に解る資料でもあれば、この辺の謎も解けるのかな?
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