2020年3月4日水曜日

おろしや国無酔譚 ウラジオストク滞在記(14)

おろしや国無酔譚 ウラジオストク滞在記もくじ

公園からの帰り道、現地の少年(推定5歳)とサッカーボールで1・2パス、三角パス等の微笑ましい交流をし、これを見ている母親はさぞかしニッコニコ顔なんやろうなと思ったら、不審者に対する強い怒りを表す鬼のような形相で我々を睨みつけていたというハートウォーミングなロシアン・ストーリーを経てホテルへと到着する。

帰り道にあったIMAXシアター
ウラジオストクにもIMAXがあるなんて!
ちなみに真ん中の「人型」はれっきとした人間であって銅像ではありません

ここで我々は、カメラ、レンズ、バッテリー、三脚、懐中電灯、雨具等々を準備し、今回の旅の最初の目的である「鷲の巣展望台で夜の金角湾横断橋を撮影しよう!」に挑むのである。

普段、ほとんど手ぶらでホテルの周りを徒歩でウロウロするだけの旅行で喜んでいる僕にとって、このようなギンギンのフル装備でバスに乗って目的地に赴くという体験はしたことがなく、荷物満載で三脚まで刺してあるバックパックを背負った瞬間、あまりの重量感に思わず「やっぱり行くのやめへん?」攻撃が口を突いて出そうになったのだが、「三脚、三脚!このために三脚持って来たんすから~」とウキウキ顔で準備をする井上くんにそれを言うと、カメラ愛好家の最大のタブーである「全力で振りかぶった三脚での殴打」が炸裂する可能性があったので、"おじさんはもう準備できたよ顔"をしながらジッと待っていた。

荷物の重さにめげそうになりながら出発を待つ私
暇なので珍しく自撮りなんかしてます
ちなみにこのカメラを前に出したスタイルが、
後のちょっとした不幸の伏線になっている(後述)

旅程については全て井上くん任せなので、準備が整った後は、ただひたすら彼の後を「でへへ、で、どうやって行くんでガスか?」などと言いながら付いて行く。
とりあえず、まずは徒歩でバス停へ。

公園を歩いている時はなんとも思わなかったが、やはり街を歩いているとウラジオストクの強烈な「ヨーロッパ感」がじりじりと目に突き刺さる。

「もう、そのなんとかいう展望台に行かんと、この辺の写真撮って帰らへん?」
「なに言ってんすか!ウラジオストクに来たら『あの橋』を撮らなアカンでしょ!あと絶対ケーブルカーにも乗りたいんです!」

相変わらず僕の提案は100%の精度で却下される運命にある。

仕方なく美しい街並みを横目に見ながらバス停までとことこ歩いていると、なにやら街の一角が騒々しい。ちょっと恐怖を感じるような騒々しさだ。

写ってないところも含めてこれの約3倍ぐらいの人はいたような……
ビルを取り囲み、旗を振って、大声でなにかを怒鳴っている

「あれ、なんですかね?」
「なんやろな?なんか危ない雰囲気やな」
「パトカーも居ますよ」
「ということはやっぱり……」
「いや、帰りませんよ?」
「(クッ、コイツ、俺の思考を先読みして……)」

警察官も居る、という安心感でちょっとずつ群衆との間合いを詰めて行く我々。
近寄ってみると、テレビクルーや新聞記者と思われる人達も居て、どうやら暴動的な何かではなく、ちょっとした怒気を孕んだデモのようだった。

ロシアのテレビ局が中継の「キュー」を待っている
とりあえず危険な雰囲気はないようだ

ビルの広場側周辺に人がどんどん集まってきている
これでも半分も写ってない

これならばよほど変な行動さえしなければ大丈夫だろうと、群衆の外縁部に踏み込んでみる。そして、「報道関係のカメラマンはNikonを使う人が多い伝説」に習って、そこに居たデカいNikonのカメラをぶら下げたおじさんに「この集会はなんですか?」と聞いてみた。
おじさんは「彼らはコミュニスト(共産主義者)だよ」と言い、僕が首からぶら下げていたカメラを見て「むむ」というような顔をした。
そして、となりに居た同僚と思わしき人とロシア語で二言三言会話をすると、僕の腕をグイッと掴み、群衆の中心部へどんどんと連れていき始めた。
おじさんはロシア訛りの英語で「日本から来たのか?」、「選挙の結果に共産主義者が怒ってるんだよ」、「あそこに居るのが一番偉い人だよ」、「連れて行ってあげるよ」などと言っている。

「やばい……。記者かなんかと勘違いされてる……?」

これは、一番やってはいけない「よっぽどの変な行動」をしているぞ、おい。

群衆の中心部に近づくに従って怒号は大きくなり、自然おじさんの説明も大声になる。そして、僕の「いや、いいから!」、「違う違う!」という声はおじさんの耳に届かず、人をかき分けてぐんぐん「偉い人」の方へと近寄っていく。

「ロシア語の『こんにちは』ってなんやったっけ?いや『こんにちは』ってラッシャー木村やないんやから!」
(注意:ラッシャー木村は、正確には「こんばんは」ですけどね)

そんな事を考えながら、「偉い人」までもう後 3, 4メートルというところまで近づいた時、中心部に居た一人がマイクを取って演説を始めた。群衆はその演説に合わせて手を振り上げてコールをし始め、おじさんはやっと腕の力を抜いた。
おじさんは僕の顔を見ると「こうなったらもう近寄れないな、すまんな~」みたいな顔をしたので、僕は「とんでもない!ここまでで結構ですよ!」という顔をしておいた。

演説が始まってギリギリセーフ!
しかし近いぞ!
マイクを持ってる右後ろの人がこの集会の主役である
「不正選挙」で落選した「アンドレイ・イシェンコ」さんです

こうしてなんとか危機から脱した僕は、群衆から抜け出し、ようやく一息付けたのである。これが連載第9回のキャプションで触れた「沿岸地方行政政府ビルでえらい目にあった」の顛末である。


僕を見つけると「撮れ、撮れ!」とアピールしてきた青年
若い人がソ連の国旗を持ってるのを見ると、不思議な感じがする

「英語に翻訳してくれ!」と渡された機関紙
いや、絶対無理やん!

群衆密集部から離れた僕を見つけた井上くんは一言「さっきのアレ、なにやってたんですか?えらいとこ行ってましたやん」と訊くと、”じゃあ、そろそろ行きましょう” とばかりにバス停の方へと向かって歩き始めた。

「いやお前、見てたんやったら助けてくれや!」

その一言を飲み込んで、僕は彼の後ろを付いていくのだった。

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