間違ったバスに乗り、金角湾横断橋をきっちり渡り終えてしまった我々は、最初の停留所で文字通りバスを飛び降り、本来なら四車線分を跨ぐだけで済むところをわざわざ6車線に拡張して施工した意味不明型の長大な歩道橋を利用し、わっせわっせと反対側の停留所へと走った。
クロックス系のお気楽サンダルを履いて、フル装備の撮影機材を背負っていた僕は一旦一本目のバスをあえて見逃し、「のんびりゆったり次のバスで」という算段だったが、今回の旅の日程をすべて考案した井上くんからの「なにしてるんですか?早よ走って下さい!」という怒気を孕んだ一言でその甘い考えはすべて吹き飛び、ひーひー言いながら己の持ちうるポテンシャルの約43%を使ってバス停まで急いだのであった。
バス停にある時刻表等々の情報から、次に来るバスはどうやら「ウラジオストク駅」へ行くようだというのが判った。もしそれが本当であれば、最悪のケースでも駅から宿へ歩いて帰ることは可能なので、とりあえず次のバスに乗って、細かいところはバスの中で調べよう、という結論になった。
バスは2分もしない間にやってきた。
走って正解だった訳だ(笑)
バスは割と混んでいて、いかにも「街の中心部へ行くバス」の雰囲気を醸し出していた。
「テツローさんは年寄りなんやから、まあ座って下さい」
そう言いつつも、僕より先に座っていた井上くんの隣に座り、「いやしかし大変でしたね~」とか「お前な、俺を走らすなよな~」などと会話をしていると、車両前方よりまさに刺すような視線で我々を見る人物がいた。
”なるほど、なるほど。ちょっと声のボリュームが大きかったかな?すまん、すまん”
そんな顔を作りつつ会話を中断すると、件の人物はプイッと我々から視線を外し、車内に静寂が訪れた。
そして僕は車窓に目を移し、井上くんはスマホでバスの経路を確認する。
「おっ、あのビル格好ええ」
「テツローさん判りました。このバスで合ってます」
こんな言葉が一瞬でも口から出ると、例の人物はまたもや機械のような正確さで我々をギンッと睨みつけ、そして会話は中断される。
すると、目線は外され、静寂が訪れる。
1. 言葉が出る。
2. 睨まれる。
3. 黙る。
4. 目線が外される。
5. 静かになる。
以下、繰り返し。
「今のは声小さかったやろ?」
「いやまあ、ロシア人的には気になるんじゃないですか?」
「後ろに居る女の方がよっぽどうるさいやん」
「やっぱり日本語という異国の言葉がね」
「子供とかつり革で遊んでるし」
「声は出てないということで」
そんなヒソヒソ話も全部睨まれたまま行われるという謎の「日本語で喋ったら殺される(雰囲気の)バス」。
車中、ホテルまでの帰路を確認していた井上くんが、このままウラジオストク駅に行くより、途中で降りた方が帰り道が面白そうだと言うので、じゃあもうこの居心地の悪い「殺伐バス」から降りようと、運賃ぴったりの小銭を握りしめてバス前方へと移動する我々。
そして、その我々をゆっくりと、しかし確実に目で追う例の睨みつけ担当乗客。
運賃を払い、バスを降り、ふと振り返ると、バスから例の人物が追いかけるように降りてくる。追いかけるように、というか確実に追いかけてきている!
立ち位置的には、僕、井上、そいつとほぼ1m間隔で一直線に並んでいる。バス停のある歩道は薄暗く、我々三人以外に誰も居なかった。
「こ、これは『殺らないと殺られる』パターン!?」
そいつが降りてきているのをいち早く目視していた僕は、まだ気付いていない井上くんを尻目に、歩速を通常の1.7倍に増速し、攻撃第一波の射程圏外へと逃れようとした。
「すまん、イノ。お前は"捨て駒"だ。サヨウナラ」
心の中でそう呟いて、まさに脱出の第一歩を踏み出そうとしたその瞬間、後ろから
「テツローさーん、なんか言うてきてるんですけど?」
と名前付きで呼び止められた。
言うまでもなく、こういう場面では名前付きで呼び止めるのは絶対にご法度だ!知ってるやろ、井上!!お前ワザとか!?
仕方なく肩越しにチラリと見ると、例のロシア製睨みマシンが井上くんの横に立ち、右手の掌を上に向け、軽く小刻みに揺らしていた。これは「なにかをよこせ」という万国共通のゼスチャーである。つまりはカツアゲ、強盗、そういう類だ。
「おのれー!!こうなったら俺の『パナソニック謹製 カメラご成約記念品 軽量アルミ三脚』による必殺の奇襲殴打攻撃で逃げるしかない!!」
そう思い、バックパックに挿してある三脚に手を伸ばしながらにじりにじりと近寄ると、なにか様子が変だ。相手の「睨み力(にらみちから:バイストンウェル出身なので)」に比べて、全身から溢れ出る殺気がゼロなのである。あら?
相手は改めて右手で井上くんが持っている我々唯一のウラジオストクのガイドブックを指差し、それをちょっと見せてくれというゼスチャーをした。
ガイドブックを渡すと相手はそれをパラパラと見、そしてちょっと大げさにあ~という顔をした。
「なんや一体??」
相手の超カタコトな英語とゼスチャーによる会話で判明したのは、
「日本人と喋ってみたかった」
「ウラジオストクで綺麗な写真が撮れるところを紹介しようと思った」
「ガイドブックが日本語なのでどこに何が載ってるのか判らない。だから紹介できない」
という事であった。
なんや、めっちゃええ人やん!(笑)
バスの中で我々が喋る度に睨んだのは、実は睨んだのではなく「わあ、日本語だ!」という好奇心から思わず見てしまった、という事のようだった。
そして、バスから降りる我々が、カメラをぶら下げ、背中に三脚まで背負っていたので、せっかくだからウラジオストクの珍しいビュースポットを紹介しようと、わざわざバスを降りてくれたのだった。
ただ、目つきが鋭かったので、こちらからしたら「睨まれてる」、「殺しに来た」としか思えなかったという、そういう事なのである。ちゃんちゃん。
去り際に写真を撮ろうとカメラを構えたら「恥ずかしいから勘弁して」とばかりに照れ、顔を覆うように手を振ると、サッと振り返って夜の街に消えて行った。
ロシア人、本当にいい人ばっかりだなと、改めて思った。
こうして「ロシアンほっこり」を再度体験した我々は、ここから宿までの1kmほどの道のりを、のんびりダラダラと気分良く歩いて帰るのであった。
夜風に当たりながら写真を撮ったり寄り道をしたり、20~30分かけて宿まで帰ると、そこには予想だにしない来訪者が、我々の帰りを3時間も4時間もじっと待っていたのだった……。
(18) へつづく
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バスは2分もしない間にやってきた。
走って正解だった訳だ(笑)
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静寂に満ちた通称「喋ったら殺されるバス(後述)」 ホイールアーチの大きさから、このバスが底床化仕様車だと判る 車内は明るく清潔で綺麗 ただし、喋ると殺されるのだ |
バスは割と混んでいて、いかにも「街の中心部へ行くバス」の雰囲気を醸し出していた。
「テツローさんは年寄りなんやから、まあ座って下さい」
そう言いつつも、僕より先に座っていた井上くんの隣に座り、「いやしかし大変でしたね~」とか「お前な、俺を走らすなよな~」などと会話をしていると、車両前方よりまさに刺すような視線で我々を見る人物がいた。
”なるほど、なるほど。ちょっと声のボリュームが大きかったかな?すまん、すまん”
そんな顔を作りつつ会話を中断すると、件の人物はプイッと我々から視線を外し、車内に静寂が訪れた。
そして僕は車窓に目を移し、井上くんはスマホでバスの経路を確認する。
「おっ、あのビル格好ええ」
「テツローさん判りました。このバスで合ってます」
こんな言葉が一瞬でも口から出ると、例の人物はまたもや機械のような正確さで我々をギンッと睨みつけ、そして会話は中断される。
すると、目線は外され、静寂が訪れる。
1. 言葉が出る。
2. 睨まれる。
3. 黙る。
4. 目線が外される。
5. 静かになる。
以下、繰り返し。
「今のは声小さかったやろ?」
「いやまあ、ロシア人的には気になるんじゃないですか?」
「後ろに居る女の方がよっぽどうるさいやん」
「やっぱり日本語という異国の言葉がね」
「子供とかつり革で遊んでるし」
「声は出てないということで」
そんなヒソヒソ話も全部睨まれたまま行われるという謎の「日本語で喋ったら殺される(雰囲気の)バス」。
車中、ホテルまでの帰路を確認していた井上くんが、このままウラジオストク駅に行くより、途中で降りた方が帰り道が面白そうだと言うので、じゃあもうこの居心地の悪い「殺伐バス」から降りようと、運賃ぴったりの小銭を握りしめてバス前方へと移動する我々。
そして、その我々をゆっくりと、しかし確実に目で追う例の睨みつけ担当乗客。
運賃を払い、バスを降り、ふと振り返ると、バスから例の人物が追いかけるように降りてくる。追いかけるように、というか確実に追いかけてきている!
立ち位置的には、僕、井上、そいつとほぼ1m間隔で一直線に並んでいる。バス停のある歩道は薄暗く、我々三人以外に誰も居なかった。
「こ、これは『殺らないと殺られる』パターン!?」
そいつが降りてきているのをいち早く目視していた僕は、まだ気付いていない井上くんを尻目に、歩速を通常の1.7倍に増速し、攻撃第一波の射程圏外へと逃れようとした。
「すまん、イノ。お前は"捨て駒"だ。サヨウナラ」
心の中でそう呟いて、まさに脱出の第一歩を踏み出そうとしたその瞬間、後ろから
「テツローさーん、なんか言うてきてるんですけど?」
と名前付きで呼び止められた。
言うまでもなく、こういう場面では名前付きで呼び止めるのは絶対にご法度だ!知ってるやろ、井上!!お前ワザとか!?
仕方なく肩越しにチラリと見ると、例のロシア製睨みマシンが井上くんの横に立ち、右手の掌を上に向け、軽く小刻みに揺らしていた。これは「なにかをよこせ」という万国共通のゼスチャーである。つまりはカツアゲ、強盗、そういう類だ。
「おのれー!!こうなったら俺の『パナソニック謹製 カメラご成約記念品 軽量アルミ三脚』による必殺の奇襲殴打攻撃で逃げるしかない!!」
そう思い、バックパックに挿してある三脚に手を伸ばしながらにじりにじりと近寄ると、なにか様子が変だ。相手の「睨み力(にらみちから:バイストンウェル出身なので)」に比べて、全身から溢れ出る殺気がゼロなのである。あら?
相手は改めて右手で井上くんが持っている我々唯一のウラジオストクのガイドブックを指差し、それをちょっと見せてくれというゼスチャーをした。
ガイドブックを渡すと相手はそれをパラパラと見、そしてちょっと大げさにあ~という顔をした。
「なんや一体??」
相手の超カタコトな英語とゼスチャーによる会話で判明したのは、
「日本人と喋ってみたかった」
「ウラジオストクで綺麗な写真が撮れるところを紹介しようと思った」
「ガイドブックが日本語なのでどこに何が載ってるのか判らない。だから紹介できない」
という事であった。
なんや、めっちゃええ人やん!(笑)
バスの中で我々が喋る度に睨んだのは、実は睨んだのではなく「わあ、日本語だ!」という好奇心から思わず見てしまった、という事のようだった。
そして、バスから降りる我々が、カメラをぶら下げ、背中に三脚まで背負っていたので、せっかくだからウラジオストクの珍しいビュースポットを紹介しようと、わざわざバスを降りてくれたのだった。
ただ、目つきが鋭かったので、こちらからしたら「睨まれてる」、「殺しに来た」としか思えなかったという、そういう事なのである。ちゃんちゃん。
去り際に写真を撮ろうとカメラを構えたら「恥ずかしいから勘弁して」とばかりに照れ、顔を覆うように手を振ると、サッと振り返って夜の街に消えて行った。
ロシア人、本当にいい人ばっかりだなと、改めて思った。
こうして「ロシアンほっこり」を再度体験した我々は、ここから宿までの1kmほどの道のりを、のんびりダラダラと気分良く歩いて帰るのであった。
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宿への帰り道で見つけた 「豪華ステンレスステップ付きATM」 このATMが後に旅の重要アイテムになるとは、この時はまだ知る由もなかった |
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ロシアにもバーガーキングはある! なんなら大阪より店舗数は多い 井上くんのウラジオストクでの第二の目的はバーガーキングに寄ること 「今寄るか?」、「いやもうちょっと後で(笑)」 なんやねん、この焦らしプレイ |
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記念公園のような所に並ぶ「名前の門」 「ぼんさん」は何した人なんでしょうかね? |
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「AKITA」という門もあった このAKITAは秋田県なのか、人名なのか? |
夜風に当たりながら写真を撮ったり寄り道をしたり、20~30分かけて宿まで帰ると、そこには予想だにしない来訪者が、我々の帰りを3時間も4時間もじっと待っていたのだった……。
(18) へつづく
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