2026年1月6日火曜日

愚痴と悪口

「愚痴と悪口」は、音が似てるし、どっちもネガティブな感情の発露だし、なにか「罪と罰」的な雰囲気がありますね。

そして、「ぐち」と「わるぐち」の共通項をまとめて悪魔合体させると「悪愚痴」という酷い字面の日本語が誕生してしまい、どうしたって「今後ともよろしく」とは言い難いものがある。

「 愚痴は誰かに絶対に聞いてもらいたい」し、「悪口はなるべく相手に届いて欲しい」。

被る部分はあっても似て非なる行動の「愚痴」と「悪口」。

なるべくなら言わない方が良いんだけど、どうしても言ってしまう「愚痴」と「悪口」。

以下は僕の「ストレートな愚痴」で、不特定多数の誰かに対する悪口なんです。


僕はご近所さんや親戚以外の知り合いに会うことが非常に少ないのだが(特にここ数年は年に10人も会わない)、その経験から言うと、人という生き物は、たとえ久しぶりに会った人間に対しても「きっちりと近況の愚痴を言う人間」と、そうでない人間に分けられるようである。

そして、悲しいかな僕と会う人は、どうも会話における「愚痴S/N比」が非常に低いように思う。つまり、僕と会った人はやたらと愚痴を言うのである。

個人的にここで大事になるのが、その愚痴が「面白い話にまで昇華した上での愚痴」なのか「ストレートな愚痴」なのか、である。

「面白い愚痴」の方は、こちらもついつい「お、それでどうなったんや?」と前のめりで聞くし、聞き終えれば自然と「それは大変やったな〜」という言葉が口をついて出る。なんならもう一度聞きたいぐらいまである。

翻って「ストレートな愚痴」の方は、もう出だしから全く面白くなく、話に起伏もなく、当然オチなどあるはずもなく、話している本人の顔もぶっさいくな「愚痴顔」で、聞いてるこっちはそれだけで十分ストレスフルな状況なのに、「へー」とか「ふーん」しか言ってないと「ちゃんと聞いてる?」と追い打ちをかけられるという、まさに「こんな不自由なコミュニケーションがあるか?」と思えるほどの地獄の様相なのである。

この「愚痴を面白く話す」という能力は、話術として非常に難しいというのもあるが、おそらくは本人の性格に起因する部分が多く、面白くない愚痴を言う人は、多分一生面白くない愚痴しか言えないのだと思う。ええ、不治の病です。可哀想に(聞かされる人も含めて)。

そこでなんとか愚痴を「他人が聞いても良いと思えるレベル」で話す方法を考えてみたいと思う。

まず、愚痴を雑に体系的に分類してみると「現在進行型の話」か「過去の過ぎ去った話」か、そしてそれが「水に流せる話」か「許せない話」かに分けられる。

つまり

  • 現在進行型で(将来的には)水に流せる話
  • 現在進行型で許せない話
  • 過去の話で水に流した話
  • 過去の話だがいまだに許せない話

の4タイプに分けられる訳である。

こうやって書き出してみると一目瞭然だが、特級レベルで面白くないストレートな愚痴になるのは、「許せない話」なのである。過去も現在も未来も時系列は関係なく、「許せない話」は「単なる愚痴」になるしかないのだ。だって、許せてないんだから。

だから、ついつい愚痴が口をついて出る人も、「許せない人」や「許せない物事」の愚痴だけは言わないようにすれば、あまり鬱陶しがられないと思います。

どうしても「許せない系」の愚痴を言いたい場合は

  • 少なくとも一か所ぐらいは面白くする(嘘をついてでも)
  • 面白そうな顔(笑顔)で話をする
  • その愚痴を相手に話すのは一回こっきりにする

ぐらいの努力はした方が良いと思います。

世間ではよく「愚痴を聞いてくれない」とか「愚痴ぐらい聞いてくれてもいいのに」みたいな「愚痴を聞いてくれない事に対する愚痴」がありますが、愚痴なんて本来誰も聞きたくはないのだ。

自分の「愚痴を言うこと」を正当化する人には、うっすらとした「自分は相手に対して愚痴を言う権利」があり、「相手は自分の愚痴を聞く義務」があると思っているフシがある。近親者に対しては特にこの傾向が強い。

しかし、そんなものはハンムラビ法典の成立以来このかた、一度も明文化された事のない義務と権利なのである(あったりして……)。

ま、とにかく。

愚痴を云うなら「水に流した(許した)話」だけにしておく方が良い。そして、それでも面白く話す努力は必要です。なぜなら、何度も言うが、愚痴なんて誰も聞きたくないからだ。

そして、愚痴を言ってる間、相手が面白くなさそうにしていても、その責任は相手ではなく自分にあるときっちり認識しなければならない。なぜなら、愚痴なんて(以下略)。

今後、というかすでに、対話型のA.Iに愚痴を言って済ませる人も現れているが、そう遠くない将来「対人関係において解決不能な愚痴を言う」ことが、とてつもなく相手に失礼になる時代も来るだろう。

「そんな愚痴はA.Iに言えや!」

これを相手から直接言われる、そんな時代はもう目の前なのだ。

でもまあ、愚痴を言いたい、言っていて気持ちが良いってのは僕も分かりますけどね。

(※この記事は2023年12月頃に書いていた下書きから再構成して書き上げました)

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