2011年7月31日日曜日

今月の一枚

「鬼畜米英語 IIc」
アタクシはビンボー症というのもあって、さかのぼること小学1年生からの全ての学科の自筆ノートと教科書、そしてプリント類を保存している。いや、正確には保存していた。
5カ年にわたる「家の不用品捨てましょう計画」によって、この個人的に貴重な、あるいは学教教育の歴史を辿る時にも非常に有用な、さらに言うなれば1000年後の人々にとっては素晴らしい文化的価値のあるこれらの品々を、アタクシはとうとう棄て去ってしまったのである。

サヤウナラ、僕ノ ノート。
サヤウナラ、僕ノ 教科書。
サヤウナラ、先生手描キノ ザラ版紙。

ちなみに、ノートや教科書、プリント類をとってあるからといって、時々見返すわけではない。ただ単に「自分が字を書いた紙が捨てられない」という変な病気に罹っているだけなのだ。だから、未だに初期のファミコンのパスワードやヒント、ちょっとしたメモ書きなんかが、大量に保管されている。まるでアインシュタイン・アーカイブのようだが、そのほとんどが人類の知性に対して貢献できる内容ではなく、単なる紙くずなのが憎いところだ。

まあ、そんな訳で大量のノートや教科書を処分し、居住スペースへと転換させた訳だ。本人としては断腸の思いであったが、周りから見れば「捨てるのが遅い」ぐらいの事だったでしょうね。でも、1000年後の未来人には申し訳ないことをしたと思う。スマン、未来人。

さて。

上の写真は、中学~高校までのノートの一部。
英語IIcってのがどんな授業だったのか全然思い出せないが、この「鬼畜米英語IIc」と書いたノートを提出した日、先生に職員室へ呼び出され、ノートを前に

「これはどういう意味?」

とかなりキツク詰問されたのを憶えている。
僕にとって、学教教育における英語の最大トピックスは、この思い出なのだ。


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