2011年12月31日土曜日

今月の一枚

12月の「今月の一枚」は大成功に終わったジャムコント年末年忘れスペシャルから。

結果発表を待つ俳優チームの面々

結果発表前のドラムロールが鳴る中、芸人チームの勝ちを確信していた私は、意地悪にも俳優チームの落胆する姿を撮ってやろうとカメラを向けていた。

そして、結果発表直前にキャンディッドで撮った写真が上の写真。

強い舞台照明で飛んだ絵面になってる上、平板な写真だから主題がさっぱり判りませんが、それでも小野愛寿香さんの祈る表情は、なかなかの見所だと思います。個人的に。

そして今、この写真をじっと見るに、大西千保さん(左から2番目)だけが、この時点で俳優チームの勝ちを確信していたんではないだろうかと、そんな気がするのです。

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今年を振り返って

一応、今日で2011年もおしまい。日本をはじめ、地球規模でも激動の一年でしたね。大きな怪我も病気もせずに済んだのは、本当に運が良かったように思える。

さて、今年一年の目標を再点検。

  1. 手品の仕事を頑張る
  2. 手品とは関係無い仕事・舞台を頑張る
  3. あちこち出歩く

では、「1」から。
仕事の件数だけ見れば、過去の景気のよかった日々には絶対に勝てないのだけど、それでも今年はかなりの数の仕事をしたなと。
そして数だけではなく、質の方の向上も果たせたと実感。これはレパートリーが増えたとか、新たな手品の技法を身につけれたという意味ではなくて、全体的なパッケージングでちょっと進化したかなという意味。
正直言って今年は、手品のレパートリーや技法に関してはただのひとつも新たに得ていないのだが(プロなのに…)、それ以外の部分では一生使える技術の一端を確実に握ったと実感した。そういう意味でこの一年は感慨深い。特にある種の「悟り」を頓悟した(つまり僕は南宋禅派…)12月2日は一生忘れられない日となった。

ただ、いつでも仕事が出来るように空き時間のほとんどを予定未定として「仕事待ちの時間」に割り当てたため、観に行きたかった舞台のほとんどを観に行けなかったのは残念だった。やはり予定は先に確定させた方が良いかも知れない。この辺は反省だな。

しかしまあ、仕事の回数、内容ともに合格水準とする。


次に「2」。
ラジオとジャムコントをかなり頑張ったかな。
ラジオは計算上隔週出演だし、ジャムコントは遠征公演があったり、毎週公演をやったり、そして初めての夜間公演も大成功だったし。

ここは文句なく合格でよかろう。


最後に「3」。
これは結局何もせずに近い。
一般的にみて一番楽そうに見える目標が、やはり僕には鬼門でした。

そんな訳で、これは完全敗北としておこう。


ま、2011年はこんなもんかな?
来年はどうしようかな?


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2011年12月30日金曜日

ジャムコント年末年忘れスペシャル

29日は、初の夜公演「年末年忘れスペシャル」も含む木曜ジャムコントの日でした。場所はもちろん道頓堀中座くいだおれビル地下一階のStudio ZAZA。

公演終了後お客さんと
(公式ブログより)
詳しい内容は公式ブログにてどうぞ。
こちらでは個人的な感想をば。

この日、僕は仕事の都合で昼公演には出れず、夜のスペシャルイベントもなんと開始10分前に滑りこみで入場。おまけにこの夜公演のための打ち合わせにもリハーサルにも参加していなかった(12月のマジシャンはとても忙しい…)。
そんな訳で会場入りの後、数分で打ち合わせの概要を聞き、すぐに舞台に出たのだが、いやいや、スタッフのリハーサルの入念さが舞台に立っていてもひしひしと伝わってきた。
音や照明のタイミングはばっちりだし、ジャムコントの「肝」であるカウントダウン表示も新規の「3分間バージョン」があったりと、やっていてとても嬉しかった。

また、出演メンバーやMCさんも立ち位置や進行のリハーサルを相当細かくやっていたようで、進行が全く判らなかった僕も、まごつくことなく内容についていけた。ありがたや、ありがたや。

さて舞台内容はと言うと、久しぶりに芸人チームと俳優チームの対抗戦を行なって、かなり頑張ったのだけど、結局、俳優チームに負けてしまいました。
結果発表の前、芸人チームはある程度勝ちを確信していたので、M.V.Pや準M.V.Pまで俳優チームに持って行かれるという「完全敗北」は、まさに予想外の結果でした。お客さまジャッジの点数はかなり僅差だったのですが…。

やはり俳優チーム強し、というところです。
層が厚く、「引っ張る力」が強いのが俳優チームの怖さ。
芸人チームは、ストーリーの一点を突いて「ここは面白くなるぞ」という嗅覚は働くけど、ストーリー全体を前に進めるのが相変わらず下手だった。

でも芸人チームは今まででも一番良い舞台をやれたような気がする。
タクミの声が出ないというアクシデントも良い方向に昇華できたし、あの辺りは芸人チームの真骨頂だったように思う。

芸人チーム!来年の年末スペシャルは勝てるように頑張ろう!


そして、最後にふたつ。

超満員のお客さまに感謝です。
昼の3公演も満員公演だったようで、29日は4公演で200人以上のお客さまに来て頂きました。これは今までのレコードです。

もうひとつはスタッフへ。
音響、照明のスタッフさん、どうもありがとう。
そして、出演者でありながら記録係にまわってくれた森井ちゃん、出たかっただろうに本当に申し訳ない。ありがとう。


このジャムコントスペシャルイベント出演で僕の2011年の舞台活動もおしまい。
2012年のジャムコントは1月9日(祝日)からスタート。

みなさんのまたのお越しをお待ちしております。

2011年の活動カウンター
(105 + 1 = 106 ステージ) と (27 + 1 = 28 ラジオ)  


2011年の活動総括
106回のステージ出演
28回のラジオ出演


以上
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2011年12月19日月曜日

本日のラジオ

今日もKobe FM MOOV「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。昨日の公録に続き、二日連続のラジオ出演でした。

ちなみに、今回もシンペイさんが休み…。
しかし、ゅりこが来てくれたので今回の「野郎ばかりの放送」はギリギリ回避された。良かった、良かった。

本編を聴いてもらえると判るのだけど、今回は音楽が今までと違っている。なぜかと言うと、河合くんが公録の時に使ったCDを持ってくるのを忘れたからだ。
まあ、音楽が変わるぐらい別にどってことないのだが、スタッフさんの選曲がとても面白く、おかげで放送中に妙な雰囲気になって、思わずゅりこと二人で笑ってしまった。どうも、ああいった「耳ネタ」に弱い感じ。鍛えねばなるまいて。

放送終了後は、河合くん小澤くんとご飯へ。

今回は「台湾料理」にチャレンジ。
ま、なんというか、僕らの前にあまりお客さんが居なかったのだろうなというのが即座に判る雰囲気と、微妙な味付け。
そして、「閉店閉店、さっさと閉店」な空気感。
ちょっと残念でした。
ただし餃子は美味かった…。

さて、今回の放送で僕の2011年中のラジオ出演は全て終了(実は来週もオファーを頂いたのだが、残念ながら仕事でした)。
今年は二つの番組に出れて、ラジオに出たいという希望が叶いまくった一年でした。

来年もどうかラジオに出れますように。
関係者の皆様、よろしくお願い致します。

そんなラジオの夜でした。
では、また来年!


2011年の活動カウンター
(102 + 3 = 105 ステージ) と (27 + 1 = 28 ラジオ) 




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2011年12月18日日曜日

ラジオ公開録音イベント

とうとう終わりました「巷・麻美の絶対安全日 公開録音イベント」。やる前はちょっと緊張しましたが、満員御礼のとても楽しい公開収録となりました。

しかし、お客さんが目の前に居る状況でだらだら喋るというのは、思った以上に変な体験でした。ちょっと詰まってシーンとさせてしまったりすると、普段のラジオ以上に焦ってしまうし、怖い怖い。
上手く喋れてましたかね?

ラジオモードの後は、ちょっとだけオフレコでマジック業界の秘密の話(おっと…)をして、リスナーのリクエストに応えてちょろっとだけ手品もしました。

収録終了後には、いろんな方に各地のお土産を頂いたりなんかして。
(一部を早速頂きましたが、美味しかったです)

そして、収録メンバーとスタッフで打ち上げをしまして、僕はイカゲソの握りばかりを食べていました。イカが好きなんですよ。ロシア名はイカスキー。そんな感じですね。

それにしても、今回は本当にたくさんの方々に来て頂きまして、本当にありがとうございました。かなり遠方からお越しの方もいらっしゃいましたし、近隣の方々もわざわざ時間を割いて下さいまして、本当にありがとうございました。何度も何度もありがたや、ありがたやです。

河合くんによると、今後は公開収録の予定がないという事なので、残念ながら僕にとってはこれが最初で最後の公録となりました。
ですが、通常のラジオ放送の方は今後も続きますので、どうぞどうぞ、今後もご贔屓に。

そんな公開収録の夜でした。


2011年の活動カウンター
(102 + 3 = 105 ステージ) と (26 + 1 = 27 ラジオ) 




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2011年12月16日金曜日

週刊ジャムコント

昨日15日はいつも通りの「木曜ジャムコントの日」でした。場所もいつもの道頓堀中座くいだおれビル地下一階Studio ZAZAで、上演回数もいつもと同じの3回。違うのはお客さんと舞台内容だけ。そんなジャムコント。

詳しい舞台内容は公式ブログでどうぞ。
こちらでは、私の個人的感想を。

この日は冬のわりにえらく暖かくて呼び込みがとても楽でした。あくまで気温的な意味で。

そして暖かかったからかどうかは判らないが、この日は僕もちょっと調子が良かった。久しぶりにM.V.P的なものをもらいました。相変わらず足が痛いので、飛んだり跳ねたりは出来ないのだけども、歩きまわる分には、そこそこウロウロできるレベルまで回復したし。気分良しです。

ちなみにこの日やったのは、懐かしい「対抗戦」。
その昔、ジャムコントと言えば対抗戦が主体の舞台だったのだ。芸人チーム対俳優チームで競い合う、それがジャムコントの原点。

今回は舞台上でくじを引き、くじの色によって三人一組のチームを二組結成、その二組が舞台内容を競うという「3 on 3」というのをやった。とうとうチーム分けまで即興になったのだ。むちゃくちゃですね、ホント。

チームは当然、芸人・俳優の混成チームになる。
芸人と俳優は、お互いに「舞台感覚」がちょっと違う。なので舞台は個々が思った通りには決して進行しない。
同じ混成チームでも「起承転結」や「序破急」の場合、場面転換と監督の指示である程度の意思疎通が可能だが、「3 on 3」は90秒の一発勝負なので、出だしのド頭で失敗するともはや取り返しがつかない。
そんな訳で、かなり緊張感のある舞台でした。

次の木曜22日は、ジャムコントはお休み。
明けて再来週の29日は、いよいよ初の夜公演。もちろん通常の昼公演もやります。
昼→夜のお得な割引サービスもありますので、是非観に行きて下さい。

2011年の活動カウンター
(102 + 3 = 105 ステージ) と (25 + 1 = 26 ラジオ)




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2011年12月14日水曜日

ラジオ出演

12日は、久しぶりにKobe FM Moovの「巷・麻美の絶対安全日」に出演してました。およそ一ヶ月ぶり。

そして、出演者が僕を入れて三人だけ、しかも全員男というどえらい放送でした。
ま、面白かったけど。

この回の出演で、今年のラジオ出演は都合26回になった。
と言うことは、計算上は隔週でラジオに出たことになる。
ありがたや、ありがたや。

来年もこれぐらい出れたら良いけどな。
AMラジオとかも出てみたいな。

おっと、そうそう。
公開録音イベントがいよいよ18日。
あと少しだけチケットあるので、みんな観に来てね。

ま、そんなラジオの夜でした。


2011年の活動カウンター
(99 + 3 = 102 ステージ) と (25 + 1 = 26 ラジオ)


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2011年12月9日金曜日

ジャムコントの裏側

先日、ジャムコントの説明用ビデオの撮影があったので、その時の様子を少しだけ紹介。

撮影直前
ナビゲーター役の片山誠子さんが脚本の最終確認をしている

後ろから見るとこんな感じ
長いセリフなので要点を書いたカンペが用意されている

舞台上の二人に演出をつける大塚宣幸監督(右)
タクミ(左)が中腰なのは身長差を抑えるため

本番撮影中
三人寝そべっているのは、素早くフレームイン・アウトするための工夫

出来上がりを確認中

僕も少しだけ映りました。
僕は演技が映像として残るのがあまり好きじゃないので(恥ずかしいから)、本当の事を言うとあまり映りたくなかったんですけど、まあ、しゃあないですね。

このビデオはまだ未完成ですが、実は未完成の「ノー編バージョン」がすでにジャムコントの会場で流れています。

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2011年12月8日木曜日

週刊ジャムコント

木曜日はジャムコントの日。
という事で、8日も道頓堀中座くいだおれビル地下一階のStudio ZAZAにて三回公演をやってまいりました。

公演の詳細は公式ブログで。
以下、いつもの個人的感想。

実はホントはこの日は行かないつもりだったのだ。
なぜかと言うと、左足の足裏の筋を違えるという、今までにない「人体の神秘」的な離れ業をやってしまい、歩くのがとても苦痛だったからだ。
おまけに雨だったし、朝からテンションは下がりっぱなしだった。

でもまあ、一年通してやると決めた舞台なんで、足を引きずりつつ劇場へと。

冬の平日で雨。おまけに自由に歩けないとなると、天・地・人そして時の要素まで含めて最悪のコンディションだったと言っても差し支えないと思うが、嬉しいことにお客さんはそこそこ入ってくれて、舞台の方も盛り上がった。
個人的な役割もまあまあキチンとこなせたと思う。リハーサルはかなりサボったけど…。

しかし、足が痛いと舞台で動き回れないので、本番はかなりやりにくかった。足、早く治ってくれ~。



さて、お知らせ。

ジャムコントは来週もあります。
でも再来週はないです。

そして、最終29日はスペシャルデー。
お昼の通常公演3回の後、夜に特別公演があります。
ただいま夜の部の予約を絶賛受付中。

12月29日19時開演。
場所はもちろん聖地・道頓堀中座くいだおれビル地下一階の「Studio ZAZA」。
入場料は1,000円です。
ご予約は「osakajamconte@yahoo.co.jp」まで。

以上、お知らせでした。


2011年の活動カウンター
(99 + 3 = 102 ステージ) と (24 + 1 = 25 ラジオ)




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2011年12月6日火曜日

すごい現実を見た

かなりマニアックな話です。
全然一般的な分野の話題じゃないし、内容自体もかなりマニアックです。

「麻雀卓」の話です。
かなり偏ったヒドイ内容なのでお好きな人だけ読んで下さい。


2011年12月2日金曜日

ジャム × コント × ゲーム

11月30日、12月1日と二日連続で道頓堀中座くいだおれビルにて舞台でした。30日は「コントゲーム」、1日は「ジャムコント」。あたしゃ疲れてます。

30日の「コントゲーム」とは、ジャムコントから派生した、より実験要素の強い即興コント。演出ルールは毎回微妙に変わり、評判の良かったルールはジャムコントへと格上げされるというシステム。
要するにジャムコントには事実上の下部組織まで出来た訳ですね。貸切公演があったり、遠征があったり、その上組織拡大とは。ジャムコントの勢い、留まることを知らず!恐ろしや、恐ろしや。

1日は普通のジャムコント。ただし、この日からジャムコントは1日3回公演へと変更。1回サボった訳じゃなく、ようやく三回公演でペイ出来るようになったと思って下せえ。
一年と三ヶ月、毎回4回公演は辛く長い道のりでした。これで、ようやく休憩時間がもらえる…。

さて、コントゲームもジャムコントも共通するのは、数名の出演者が、監督の指示の下、即興で話を創るという部分。そして出演者と監督はお客さんの前で公平にくじ引きで決定される。
まあ、判らないとは思いますが、その日の気分によっては「出演者になりたいくない」とか「監督になりたくない」とか色々あるんですよね、個人的には。
で、僕はこの30日と1日の舞台、「出演者になりたくない!」と言えば、結果くじ引きで出演者になり、「監督になりたいくない!」と言えば、結果くじ引きで監督になる、と全部「裏」を引かされました。

なんやねん!
八百長か?
精神ボロボロになるわ!

そんな、大人の黒い陰謀が渦巻く部分も見れるのがジャムコントの良いところだと僕は思います。嘘です。思ってません。嫌です。くじ引き嫌い。

まあ、それはさておき。

ジャムコントは、年末12月29日に特別公演を行います。
昼に通常公演を行い、その後、初の夜間公演で「年忘れ特別興行」をやります。

今まで「やった事のない時間帯」に「やった事のない公演時間」で「やった事のない企画」や「いつもじゃ見れない顔ぶれ」を準備中。
チケットは前売り1,000円ですが、昼の通常公演をご鑑賞頂いたお客様には、割引サービスもあります。
詳細は、またいずれ。
刮目して待たれよ。


2011年の活動カウンター
(93 + 3 + 3 = 99 ステージ) と (24 + 1 = 25 ラジオ)




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2011年11月30日水曜日

今月の一枚

「元野犬の外山」
今月の一枚は、元漫才師「野犬」の外山を。

主催するライブでは軽く100人の観客を集め、若手中の若手ながら大阪のインディーズ界では「こいつらやりよる」と知られていた野犬。
誰もが(相方さえ)解散するとは思わなかった野犬が11月19日に突如解散。しかも、外山は引退、田舎の長崎へ帰るというのだ。
いくら解散が頻繁に起こるインディーズの漫才界と言えど、野犬の解散は衝撃的だった上、外山の引退・帰郷は完全に想定外だったため本当に驚いた。

その外山と20日の夜遅くに会った。

本人は「前から決めていた事なので」といつも通りの振舞い。落ち込んだり、悩んだり、後悔したり、変に浮かれたりした様子はない。本当にいつもの外山だった。
そんな外山とあと二人の四人で朝の4時頃まで、バカ話で盛り上がった。引き止めたり理由を訊いたりしても無駄だと判っていたので、そんな事にはとりあえず触れなかった。外山も機嫌よくずっとケラケラと笑っていた。しんみりした雰囲気には全然ならなかった。

時が過ぎ、店を出、さあこれで解散となった。
ああ、これがいわゆる「今生の別れ」なのかなと思ったその時、さっきまで笑っていた外山が一瞬悲しそうな顔をした。

それが今回の写真。
僕の撮った(今のところ)最後の外山は、珍しく悲しい顔の外山となってしまった。


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2011年11月25日金曜日

昨日のジャムコント

昨日24日は、道頓堀中座くいだおれビル地下一階のStudio ZAZAで、ジャムコントの木曜定期公演でした。疲れててしんどかったので休もうと思ってたのに、強制的に参加させられました。ちくしょー!

公演の詳細は公式ブログで。
ここでは個人的意見をば。

まず、集合時間が朝10時に変更になったという事実を、早朝4時に連絡してきた福人(ふくんちゅ)をしばいてやりたいです。しばいて、しばいて90分です。あのアホめ!

さて、この日は「舞台の神」が降りてきたかのようなとても面白い回があったのですが、その肝心の一番面白いところで録画していたテープの残量が「0分」になるという、これまた奇跡が発生。福人が会場の大爆笑をかっさらったシーンは永遠に幻となりましたとさ。

ちなみに福人が会場の大爆笑をとり、なおかつ録画機器の不調でそのシーンが撮れていなかったのは二度目。記録に残らない男、それが福人。

芸人チームは、新加入の森井ちゃんがうまく舞台を引っ張ってくれるので、やりやすくてありがたい。森井ちゃんと月見峠・大村が居れば、芸人チームは安泰だろう。例え福人が居ても…。

監督は今回からくじ引きでランダムに選ぶというルールになった。おかげで監督を一度やらせてもらったのだが、予想以上にありきたりな演出を選んでしまったような気がする。監督って難しいねぇ。あんまりやりたくないわ。

舞台終了後は、ジャムコントの説明用ビデオの撮影。
ビデオの出演で立ったり座ったりを繰り返したので、今、臀部(平たく言うとケツです)が筋肉痛です。いてて。

この「ジャムコント説明用ビデオ」は、早ければ来週、遅ければ期日未定で公開されます。多分。知らんけど。

次回は来週の木曜日。
では、みなさん道頓堀で再びお会いしましょう。

2011年の活動カウンター
(89 + 4 = 93 ステージ) と (24 + 1 = 25 ラジオ)




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2011年11月23日水曜日

出撃!福人劇団!!

去る11月20日、ジャムコントは初めて道頓堀を離れ、遥か彼方の泉佐野で舞台を行なってきた。劇団名はなんと「福人劇団」。座長は当然ながら福人(ふくんちゅ)。
地域のお祭のアトラクションとしてのジャムコント。今回は変則舞台として、ペーパーズを2回、そして起承転結を1回演じてきた。

いつも通り舞台の詳細情報は公式ブログで。
こっちは個人的見解をば。

「本番中のひとコマ」
舞台はいわゆる「普通の体育館」。かなり大きいし、客席も相当に数がある。そして、お客さんは子供からお年寄りまで60~70歳ぐらいの幅がある。
いつもとは勝手が全然違うのである。

とにかく舞台も会場も広いので、遠目から見ても個人が特定しやすいように各人色違いのTシャツを着ることにし、ペーパーズと起承転結の各場面もいつもの倍の時間、3分で演じることにした。

しかし、3分というのは相当長い。
ジャムコントのお手本となったアクトリーグはひと場面が3分。なのでアクトリーグ出場経験のある俳優チームは3分の長さを大体は把握している。しかし、我々芸人チームには未知の時間感覚である。
俳優チームは「3分の方が(ストーリーに幅を持たせれるので)やりやすいよ」と言っていたが、正直言って不安で仕方なかった。
やったことの無い方法を大きな舞台で初めて試すという「行き当たりばったりな舞台経験」は、実は今までかなり豊富にあるのだが、この時ばかりはさすがにナーバスになって「今日は舞台に出たくないなぁ…」と思った。
いや、舞台に出たくないのはいつもの事やけどね。つまり出たくない加減が違ったという事。多分。数値に出来ればの話であるが。証明は出来ない。したくないし。して欲しくもない。

ま、それはさておき。

不安ながら3分の舞台をやってみたら、これがかなり面白い。
「長い沈黙」とか「じーっと見つめ合う」とか「長台詞」とか、今までの90秒パターンでは出来なかった方法がもれなく使える。どっちかと言うとこれからも3分パターンでやりたい。それぐらい面白かった。
なんでもやってみんと判らんもんやな~。

ちなみに今後の木曜公演でも時間に余裕のある場合は3分バージョンの起承転結を行う予定である、という感じで話がまとまりつつある、とかないとか言うような事を小耳に挟んだ、ような気がせんでもないので、ご来場の方はどうぞご期待下さい。

さらに「各人の色違いTシャツ」は、今後のジャムコントでも導入されます。今のところ決定している色は以下のようになってますので、以後ご参考に。
  1. オノ・レッド(赤:小野愛寿香)
  2. ナカ・グリーン(緑:那伽けん)
  3. ツカ・パープル(紫:大塚宣幸)
  4. テツロー・イエロー(黄:テツロー)
  5. フク・スプリンググリーン(萌黄:福人)
「テツロー・イエロー」は語呂的には素晴らしいのだが、すっかり中年太りした私は絵面的に完全に「キレンジャー」扱いとなってしまっていて、なにか物悲しいです。

それにしても、今回の舞台で我々芸人チームは、小野愛寿香、那伽けん、大塚宣幸という三人と共演し、さらに通常公演では上田ダイゴ、一明一人等々と同じ舞台に立たせてもらっている。もしかしたら関西の若手舞台人から相当羨まれてる、もしくは相当恨まれてるような気がせんでもない……。
舞台関係者のみなさん、悪気はないので恨まないで下さい。お願いします。恨むなら座長の福人を恨んで下さい。アレは恨まれるのに慣れてるそうです。

最後にちょっとだけ。

今回は舞台も面白かったけど、行き帰りの道中もまるで遠足にでも出かけているような楽しさでした。普段は他の人とあまり接触を持たず、一人無頼に生きてる私ですが、今回は「劇団っていいなぁ」と思いました。
出来ればまた、みんなと一緒にどこかへ遠征がしたいです。

どこかのイベントプランナーの方、どうか「福人劇団」を呼んで下さい!
なかなかのモンやりますよ!


2011年の活動カウンター
(87 + 2 = 89 ステージ) と (24 + 1 = 25 ラジオ)


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2011年11月14日月曜日

本日のラジオ

本日もまたKOBE FM MOOVの「巷・麻美の絶対安全日」にゲストで出させてもらいました。Wゲストのもうひと枠は、韋駄天の三木くんでした。

スタジオに入る前に三宮に新しく出来たカメラ屋へ寄ってみたら、中古だけどとても良い感じの携帯型三脚があった。いくらなんかなと思って値札を見てみると、なんと315円。あまりの安さに、勝手に3,150円と勘違いして、商品棚に戻してからもう一度手に取って驚くという、ベタな二度見をしてしまった。
もちろん即購入。いい買物でした。

放送は、下ネタをベースとしつつ、勢いのある盛り上がり感がとても上手くいったと思った。まあ、後で実際の放送を聴いてみたら酷くて死にたくなる時もあるから、本当のところは良く判らんけどね。でも、勢いはあったな。勢いだけは。

放送終了後は、河合くん、三木くんでまたお好み焼きを食べに。前回の「はよ帰れオーラ満開」のお店は避けて、別のお店へ。スジ入りのお好み焼きがどれほど美味しいのかを試してみたかったのだ。
スジ入り豚玉というのを頼んだが、これは確かに美味かった。ちょっとお好み焼きの概念を変えられたなと思うぐらいの変化がある味わいだった。大げさですか?大げさですね。判ってます。
でも、今後は神戸でお好み焼きを食べる時はスジ入りを頼もう。入れるだけある美味しさだよ、あれは。

しかし「スジ」じゃなくてなんか別の言い方をしてたな。なに焼きやっけ?
……忘れた。
まあ、ええわ。

そんなラジオの夜でした。

2011年の活動カウンター
(83 + 4 = 87 ステージ) と (24 + 1 = 25 ラジオ)


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2011年11月11日金曜日

昨日のジャムコント

昨日も道頓堀中座くいだおれビルで元気にジャムコントでした。初めての平日定期開催でした。

詳細は公式レポートで。
こっちはテキトーな個人的意見を。

木曜日という良く判らない平日に開催されることになったジャムコント。
お客さんは平日に観光されてる方々。修学旅行の学生さんとかね。

大変でした。
体調不良で。

でまた、大変ですよ。
集客が。

さ・ら・に、大変な事になりました。
舞台内容で。

一回、大きな「舞台事故」もありましたからね、今回は。
ああ、怖い怖い。
即興コントは、怖い。

ちなみに、鬼のように豊富な長髪をだらりと垂らしたおかげで、M.V.Pを一回貰いました。
それは「パンテーンのCM」を撮るというシチュエーションコントでした。
でも、実際に私が家で使ってるのはヴィダルサスーンです。
ブラシもヴィダルサスーンです。

でも、生涯で一番良いと思ったシャンプー&コンディショナーは「ヘレンカーチス」です。あれは高いけど本当に最高でした!

ま、そんなジャムコント。
次回開催は次の木曜17日。
僕は出ませんが、是非見に行ってやって下さい。
多分、面白いです。


2011年の活動カウンター
(83 + 4 = 87 ステージ) と (23 + 1 = 24 ラジオ)




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2011年11月6日日曜日

昨日のジャムコント

先日11月5日は、11月の第一回ジャムコント開催日でした。場所は相変わらずの道頓堀中座くいだおれビル地下一階 Studio ZAZA。貸切公演を含む5公演のどえらいしんどい舞台でした。

詳しいレポートは公式ブログに任せて、いつも通り個人的な雑感をば。

あいにくの雨でしたが、なんと5公演もやってきた。
うち2公演はジャムコント史上初めての貸切公演!
ジャムコントも出世したもんだ。立派、立派。

しかし、タイムスケジュールの”ケツ”はいつもと同じなのに5回公演をやったので、途中に休憩が全くなく、おまけに貸切公演ではサービスで手品までやることになってたので非常に疲れた。

さらに舞台終りは小走りで仕事へと。

仕事もまた忙しかったりして、おかげで舞台の内容はきれいサッパリ忘れてしまった。
しかし、なぜか福人と抱き合ったような、そんなことを薄ぼんやりと憶えてる。なぜあんな若ハゲごまかしのオールバックと舞台上で抱き合ったのか?
意味が全く分からない。謎だ。謎すぎる。

とにかく非常に疲れた上に、舞台写真を撮ろうと思ってセットしていたカメラがうまく作動していなかったため、家に帰ってから写真を観ようとしてさらなる精神的ダメージも受けた。損害賠償請求をしたいぐらいのダメージだった。

今月からは第二週以降は毎週木曜日も開催されるジャムコント。
大変ですよ。体力的に。
ホントに。

やっぱり、毎週の木曜公演に出るかどうかは、ちょっと考えてから判断しよう…。

ま、そんな11月のジャムコント初日でした。

2011年の活動カウンター
(78 + 5 = 83 ステージ) と (23 + 1 = 24 ラジオ)




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2011年10月31日月曜日

今月の一枚

「ジャムコントのリハーサル」
10月の「今月の一枚」は、ジャムコントのリハーサル風景を。
舞台に居るのは、俳優チームの一明一人(左端)と大塚宣幸(中央)、さらに芸人チームのM.V.Pゲッター福人(ふくんちゅ)。観客席で見ているのはプロデューサーの田中さん(左)と芸人チームのタクミティ。

ジャムコントは11月からなんと、月イチ公演から毎週公演へと大幅に公演回数を増やす事となった。

そこで舞台内容に変化を持たせるため、新しい演技形式をいろいろリハーサルで試しているのだ。基本的に即興演劇なのは変わらないが、さまざまな付加ルールを考案し、新しい舞台表現になるように頑張っている。

しかし、これがかなり難しい…。

舞台上、芸人チームは俳優チームに引っ張られぱなしで、当然リハーサルでも「受身」になりがちである。しかし、受身ばかりではいくら俳優チームが引っ張っても話が進行しない。

そんな訳で、

「話を進めるように会話せんかい!(怒)」
一明さんには頭を抱えられ、プロデューサーからはダメ出しを受ける事態に…。

芸人チームは11月公演を乗り越えられるのか?
そして、果たして平日公演は成功するのか?

みなさまのご来場をお待ちしております。
是非に!

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本日のラジオ

本日もKOBE FM Moovの「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。今回は独りゲストでした。

放送内で、ときどきダブルゲストになる韋駄天・三木君への批判が相次ぎ、申し訳ない気持ちでした。三木くんゴメンやで。

放送終了後は、河合くんとちょっと変化球でお好み焼きを食べに。
僕は豚モダンを、河合くんはすじモダンを食べた。
河合くんは「スジが美味い!」を連発してましたが、僕にひとかけらもくれませんでした。そして僕の豚モダンは、フツーの味わいでした。

ちなみに閉店間際だったので、お店の「食後の追い出し感」は恐ろしい迫力でした。
怖いからもう行かない事に決めた。

ま、そんなラジオの夜でした。

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2011年10月27日木曜日

さらばシンセン、さらば香港

写真語り(29) シンセン → 香港 2004年

香港・シンセンの旅も今回で終り。長い間お付き合い頂いた少数の方(およそ8人~12人)、ありがとうございました。
最後はちょっと長めに、旅の背景なども含めてダラダラ書く。かなり長いです。

2011年10月24日月曜日

中国で見た日本のモノ

写真語り(28) シンセン 2004年

写真語りシンセン篇の最後を締めくくるのは、シンセンで見た日本のモノ。
ほとんどなかったけどね。

前にも少しだけ書いたが、シンセンは工業団地という側面もあり、多数の日本企業が進出している。で、その進出している日本企業の製品を「産業における日中友好のショーケース」として展示しているブースがあったので、暇つぶしがてらのぞいてみた。

「テプラ」
サラリーマンにはお馴染みの「テプラ」。
でも、これは「KING JIM」ではなく、「EPSON」ブランド。どうやら中国ではEPSONが製造・販売しているようだ。
ちょっと珍しい。

「怪しいキーボード型PC」
これは香港の会社が造ってるキーボード型PC。こいつはかなり怪しい仕様になっている。
詳しい説明はなかったのだが、どうやらファミコンの互換機能を備えているようだ。よく見るとキーボード右側にはコントローラーを接続するためのソケットがある。で、このコントローラーが、スーパーファミコンのボタン配色を用いつつ、PlayStationの形状を模しているという、二段構えの パクリ 引用具合。
なかなか香港らしくてヨロシイが、これのどの部分に日本の企業が関わってるのかは全く判らなかった。というか、関わってないやろ、コレ?

「衛星版の新聞」
最後はホテルにあった読売新聞衛星版。
日付は9月26日だが、これを読んだのは9月27日。ちょうど一日遅れ。ただし、この衛星版は香港から陸送されているので、香港であれば恐らくほとんど時差なく受け取れるはずである。
衛星版は、日本で新聞を発行する時に使ったデータを現地に送り、現地で印刷するという方法をとっているのだそうな。なので、記事内容は基本的に東京版(首都圏版)となっている。だから大阪在住の私にはラテ欄等で若干の違和感。

でもこの時、一面記事には


なんと大阪のシンボルたる「太陽の塔」の姿が。
何年かぶりに目が光ったという話題でした。

まさか中国のシンセンまで来て「太陽の塔」を見るとは思いませんでしたね。

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2011年10月21日金曜日

中国から見た外国

写真語り(27) シンセン 2004年

今回は、シンセンで見た西洋文化にちょっとだけフォーカス。そんなにないし。

「スパイダーマン2」
この時やってた映画は「スパイダーマン2」。見ての通りあっちでのタイトルは「蜘蛛侠 -第2部-」。蜘蛛侠って書くとなんとなく極道っぽい雰囲気が漂います。
これを見て”第二部”と書かずに、アラビア数字を使って”第2部”と書くのかと、ちょっと意外に思った。よく見ると漢数字は使われていない。そんなものなのかねぇ。

「ケータイだって売ってるぜい」
ホテルの近くにあったデパート(?)。モトローラのケータイをやかましく宣伝していた。
このケータイはディスプレイ部分を回転スライドさせることによってキーパッドが現れるという構造になっていて、その部分をプッシュするために「モトローラ(Motorola)のローラを回転のRollという地口に利用し、それを漢字に置き換えた上、さらに回転部分がディスプレイなので旋回の"かい"を耀(かがやく)に置き換えてみました」という、国際感覚豊かで気の遠くなるようなダジャレを展開していた。誰が判るんや、これ?

「F1だって走ってるぜい!」
我々がシンセンに居る時、ちょうど上海では中国で初めてのF1GPが開催されていた。
上の写真は日曜日(決勝)朝のスポーツ新聞(?)。バリチェロが予選1位通過でしたね。この時のバリチェロは速かった。
この新聞は人通りのあまりない公園の片隅に貼り出されていたものだが、これを見入ってる人は誰も居なかったし、街の中も「中国でF1やってまっせ」的な雰囲気からは程遠いものだった。

「中国GP決勝結果」
そんな訳で私はマジックの大会参加をほっぽり出して、ホテルでずっとF1の決勝を観てました。
チーム名も個人名もすべて漢字なので佐藤琢磨以外は読みにくくて仕方がない!ちなみに佐藤琢磨はこの時決勝6位。エライ!

外国文化でも、とりあえずなんでも漢字で書いてしまう、そんな中国でした。


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2011年10月17日月曜日

本日のラジオ

今日も、KOBE FM MOOV「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。今日は、久しぶりにシングルゲストでした。

今回の放送は、話の「盛り上がり個所」の盛り上がり方がとても良かったなと。たぶん放送中一番笑った回でした。ああ、面白かった。

放送後は、河合くんとまた美味しい中華料理屋「楽園」へ。

実は先週も楽園に寄るつもりだったのだが、なぜか先週は早仕舞いで、すでに閉店準備をしていた。それで仕方なしにそば屋さんに行ったのだ。
もしかしたら今回もすでに閉店してるかも知れないな~と、エスカレーターの陰からそっと覗いてみたら、おばちゃんが手を振って待っていた。どうやら、おばちゃんは、先週我々が閉店準備をしているのを見てすごすごと退散するのを見ていたようだ。

「今日は開いてるよ~。先週はごめんね~」

こっそり引き上げたつもりが、実はしっかり見られていたという恥ずかしさ…。

「先週は早く閉めて帰らせてしまったから、今日はオマケね」

とオマケまでしてもらいました(なにをオマケしてもらったかは秘密!)。

とりあえず私は必殺の「雲呑麺+チャーハンセット」を食べた。
相変わらずの美味さ。

これからも楽園を贔屓にしよう。
みんなも三宮に来たら楽園へどうぞ。
ホントに美味しいよ。

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2011年10月12日水曜日

地味に素晴らしいもの

写真語り(26) シンセン 2004年

面倒くさくなって放置していた「写真語り」を二週間半ぶりに更新することにした。多分、シンセン篇はあと二回ほどで終わる。

今回は復帰リハビリ篇なので、さらっと書く。
内容は、シンセンで見た地味に素晴らしいもの。「地味」とか「普通」というのは、僕の人生でわりと重要なテーマ、キーワードなのだ。

「匠の業が冴える」
泊まったホテルの非常階段にあった「木製の手すりとステンレス製手すりの接合」。
木製の手すりを造った職人が凄いのか、ステンレス製の手すりを造ったメーカーの設計、曲げ技術が凄いのか良く判らないが、とにかくぴったりと滑らかに接合されている。

一旦ここで手すりを分離させて直角に繋ぐという安直な方法をとらず、高度な曲げの技術まで使っての接合。しかも、ここは非常階段なのでほとんど誰も通らないのにこの労力…。

これをわざわざ発見した自分もなかなか凄いが、これを造った人は本当に凄い。この部分だけを切り取って持って帰りたいほど、素晴らしい接合でした。

「トラクターの後ろの壁に注目」
また、トラクターか!と思ったかも知れないが、今回はその後ろ。壁に注目。ちょっと見にくいが、様々な書体で「福」という字が書いてある。

たかがそれだけ?と思ったかも知れないが、この壁がまた異常にバカでかい。

「福壁の全貌(ぜんぼう)」
判りますかね?この大きさ。
歩いてる人の大きさで高さがおおよそ3m~4mぐらいあるというのが判ると思います。長さは200mぐらいだったか(もっとあったかも…)、とにかくデカイ。

ここに古今東西の著名な人の書いた「福」の文字が一万個彫られているのだそうな。なのでこの壁のある公園は「万福広場」と言うのだそうな。
で、この壁。ギネスブックに載ってるそうです。なんの項目かは知らないけど。(以上は現地で知り合った大会ボランティアからの説明)

今日紹介した二つとも、実際に見に行く価値はほとんど無いと思います。
でも、地味に素晴らしいと、僕は思うんですよ。

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2011年10月10日月曜日

本日のラジオ

本日も、KOBE FM Moovの「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。Wゲストの相手は、韋駄天の三木君でした。

ちょっと今日の放送は、内容的に「とちり」がたくさんあって、後から思えば恥ずかしい感じです。もうちょっと、じっくり内容を聴いて喋らないと…。
あと、変なブレイクを入れないようにしないとみんなに迷惑だわ。反省反省、超反省。

放送後は河合くんと三木くんとで晩御飯。
今日は、おそば屋さんへと。

僕のチョイスは「カツ丼定食(サイドに温かいきし麺)」。
これを河合くんに

「そば屋に来てわざわざきし麺喰うんですか?」

と咎められた。

まあ、僕は天下一品に行って「あっさり」を頼むような人間ですからね。その店の売りとか全然考慮にいれませんとも。あー、そうともさ。

そんなラジオの夜でした。

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2011年10月3日月曜日

ジャムコント(B面)


10月3日も、道頓堀中座くいだおれビル地下一階Studio ZAZAで「ジャムコント」。恐らく初めての平日公演をつつがなく4回行いました。

いつも通り、詳しい舞台内容は公式ブログで。
ここでは個人的見解を書く。

今回は平日開催とあって、芸人チームも俳優チームもメンバーがほとんど集まらず(全員で6人…)、おまけに女性が一人も居ないというむさ苦しい公演となった。しかし今回、むさ苦しいなりにもそれなりの、いや、かなりの収穫があった。

ところでなぜ、今回はメンバーの調達にも集客にも苦労する平日に無理してジャムコントを開催したのかと言うと、平日にある程度の集客が見込めるなら、今後は土日公演にプラスして毎週の平日公演を追加しようという、メンバー殺しの極秘プロジェクトが着々と進行していたからだ。

つまり今回の公演は、劇場側とプロデューサーが平日開催が可能かどうか見極めるためのいわば試金石だった訳。
(そういう事は先に説明してくれっちゅーの!) ← 心の声

なので今回は少ないメンバーでいかに舞台を進行させるか、少人数でも面白くなる演出はなになのかを探求するべく、4公演それぞれ微妙に内容を変化させ、新しい試みも数点試した。

そして舞台終りに劇場側とプロデューサーが下した結論は、

「ジャムコントの平日開催はアリ!」

だった。

…。
……。
………。
(オレらを殺す気やな、コイツら) ← 心の声

そんな訳で来月の11月からは、ジャムコントのスケジュールが少し変わります。

まず、その月の第一週は、今まで通りの土曜日か日曜日の開催(月によって変わります)。
で、第二週から月末までは、毎週木曜日の開催。

毎週…。
毎週、木曜日…。
(やっぱり、オレらを殺す気やな、コイツら) ← 心の慟哭

まあ、踏める舞台が増えるのはいい事ですよ。多分。

そんな死屍累々たる舞台をみなさん観に来て下さい。
入場料の500円はかなり安いです。我々の命の値段ですから。

では、また来月!

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2011年10月2日日曜日

ジャムコント(A面)

本日10月2日は、道頓堀中座くいだおれビル地下一階のStudio ZAZAにて「ジャムコント」。いつも通りの4回公演でした。

詳しい公演内容は公式ブログでご紹介。
ここでは、テツローの個人的感想をば。

今回はいろんな役でかなり長い時間出演したにも関わらず、M.V.Pをまたもや福人(ふくんちゅう)に持って行かれるという悪夢。しかも、当の福人は自分が監督をしてる時にも、出演陣を差し置いて準M.V.Pを獲っていくという暴挙(普通監督はM.V.P候補には挙がらない)。腹立ちます。
福人の生命維持装置を切る機会があるならば、その役目は是非僕にやらせて欲しい。それぐらいの腹立ちでした。医療関係の施設にお勤めの方がいらっしゃいましたら、是非僕と福人の関係性を憶えておいて下さい。お願いします。

あと、今回芸人チームに緊急参戦してくれた森井照人は、ハンサム君な上、場面への入り方が上手い。本人は緊張でドキドキしたと言っていたが、全然そんな感じには見えなかった。久しぶりの大型新人(実は去年一度だけ出てるが…)の予感。
森井君、福人を倒せ。舞台以外で倒すのもアリだ!

ちなみに私は、今回の舞台でしゃがみこんだ時にジーンズの股の部分を裂いてしまった。明日もその「股裂けジーンズ」で行くか、別のに替えるか現在悩み中。

明日…。
そう、明日!

なんと平日の明日もジャムコントが開催されます!
初めての平日公演なんじゃないのかと思います。

果たしてお客さんは入ってくれるのでしょうか?
お客さんより先に、出演するメンバーは揃ってるのでしょうか?
そして私は「股裂けジーンズ」で舞台に立つのでしょうか?

いろんな不安を抱えた公演になっています。
お暇がございましたら、是非とも中座へとお願いします。
最低でも500円(入場料)の価値は、あると思いますので。

では!

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2011年9月30日金曜日

今月の一枚

「単独ライブ中の中原大介」
今月の一枚は、初の単独ライブを緊張した面持ちで行なっている中原大介に決定。

わりといつも余裕のある緊張しないタイプなのに、この日はさすがにガチガチに緊張したそうだ。写真の顔も若干強ばってるように見える。
これから月イチで12回連続、つまり一年通して単独ライブをするそうなので、興味のある方は観に行ってあげて下さい。500円です。

仕事が暇ならもっとたくさんライブや舞台が観に行けるのになと、ぼんやりそう思う。
他の人の面白そうなイベントは、たいがい仕事と被ってる。

中原の単独ライブと仕事が被らなかったのは、運が良いのか悪いのか…?
それはこれからの中原の活躍にかかってると言っても過言ではない。

そんな一枚でした。


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2011年9月26日月曜日

本日のラジオ

本日も、Kobe FM Moovの「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。Wゲストのもうひと枠は、ひこーき雲の佐藤くん。

今回の放送中でも述べてますが、現在「巷・麻美…」では関西の隠れリスナーの方からのお便りを大募集しています。今の段階だとお便り(メール)はよっぽどの内容じゃない限りほとんど番組中で紹介されますので、この低いハードルを利用してお便りデビューしてみて下さい。よろしくお願いします。
もちろん関西圏以外の方からも募集中です。まだメールを出したことの無い方、じゃんじゃんお便り下さい。

あと、Podcastのアドレスが変更になってます。ブログからアクセスされている方は、登録の変更をお願いします。

ところで今回、リスナーの方からビッグな差し入れを頂きました。
富山県名産の「ます寿司」。

「これがます寿司だ!」
※写真はWikipediaから(上手く撮れなかったので…)
曲げわっぱの押し枠に竹とゴムでしっかりと固定され、中は笹で丁寧に包まれた、マスを表面に敷き詰めた押し寿司。それがます寿司。そして、めちゃくちゃ美味いのです!

富山県在住の某リスナー様、ありがとうございました。

そんな美味しい想いをしたラジオの夜でした。

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2011年9月24日土曜日

お店

写真語り(25) シンセン 2004年

今回は、裏通りをぶらぶらしてて気になったお店・店舗をご紹介。

「燦然と輝く”性用品”のかんばん」
性用品、まあずばり大人のおもちゃ屋さんです。ちょっとしょぼいエログッズが売ってます。エロチックな服が主体で、あとは良く判らん薬みたいなのが沢山あった。商店街のど真ん中に「ででん」とあるのがなかなかよろしいと思います。

「飲料専門店…?」
「鮮の毎日C」という良く判らない看板の下に開業している飲み物屋さん。これでもかとばかりに非常にたくさんの種類のジュースが並べられていた。試しに一本なにか飲んでやろうかと思ったが、この時も相変わらず一元もお金を持ってなかったのであえなく断念。
ちなみに店のおやじが「どーも、どーも」と日本語で話しかけてきたのでビックリしたら、それしか日本語を知らなかったみたいで、全然会話にならなかった。なんやねん!

「性生活的な店か?」
スローガンの書かれたタスキをした看護師風の女性が入り口に立つこの建物。僕はてっきりコスプレ性風俗店だと思ったのだが、実はれっきとした病院/診療所なんだそうな。
いよいよ日本円を中国元に交換する時が来たなと一人ほくそ笑んだんだが、大外れでした。ああ、恥ずかし。

「スタイリッシュな饅頭屋」
最後は開店前の饅頭屋さん。
饅頭というか、いわゆる肉まんとかアレ系のヤツですね、多分。見た目「白くて包んで蒸す系」の食べ物は、面倒くさいので全て饅頭です。甘いかどうかは僕の基準にはない。

それはさておき、写真では判りにくいが中央に立っているお兄さん、僕がシンセンで見た唯一の金髪兄ちゃんでした。そんな訳で、僕はこの店を密かに「スタイリッシュ饅頭」と名付けていた。
しかし、何度も言うがお金が無かったのでここで饅頭を買うことは一度もなかったのだ。


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2011年9月23日金曜日

消火栓

写真語り(24) シンセン 2004年

消火栓フェチのみなさまお待ちどうさまでした。今回はシンセンで見た消火栓です。

「消火栓(都市型迷彩タイプ)」

上の写真では、ちょっと判りにくいかも知れないが、それでも多分判ると思う。この消火栓は歩道のど真ん中にいきなり設置されているのだ。

消火栓と言えば「赤」という固定概念を排し、枯れた「錆鉄色」という渋い選択。結果、地面のタイルと相まって非常に高い迷彩効果をあげている。
通行人はいきなり現れるこのステルスタイプの消火栓にやや驚き、火事の現場では消防士はこの消火栓を捜して右往左往する、という訳だ。

それにしてもこのサビ具合、この消火栓は活きているのか…?

「水は来てるのか?」
次は、歩道の端に設置された、色も赤のレギュラータイプ。

見るからに普通であるが、この消火栓に水が来てるのかどうかちょっと怪しい気もする。
隣に見えるパイプは、なんのパイプなのか?
もしかしたらこの消火栓用の水道管じゃないのか?
そうだとすると、明らかに一ヶ所バルブもしくは継手が抜けているように見えるのだが…。
それにもし、この消火栓に水が供給されていたとしても、右側の放水口は隣のパイプと近すぎて恐らくホースを接続できないと思うのだが…。

人命に関わることでも、仕事がおおらかです。


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2011年9月19日月曜日

本日のラジオ

本日も、Kobe FM MOOVの番組「巷・麻美の絶対安全日」にゲスト枠で出させてもらいました。ダブルゲストのもうひと枠は、シンガーソングライターのいけだ一沙さんでした。

今回の放送、僕はかなり頑張ったんですが、「寝不足ゅりこ」の攻撃があまりにも完璧すぎて、防御で精一杯でした。
ゅりこ、頼むから放送前は良く寝てくれ!会話が噛みあわん!

放送後は、河合くん一沙さんで、例の美味しい中華料理屋「楽園」へ。相変わらず閉店時間ぎりぎりに入らせてもらい、ちょっと申し訳なかった。さらに僕らが食べてるのを見て、他のお客さんも続々と入ってきたりして、いたたまれない気持ちになった。調理をしていたコックさん、スマン!
しかし、僕の頼んだ「雲呑麺+チャーハン」のセットが、「雲呑スープ+チャーハン」に間違えられたので、今回はあいこだな。

ま、そんなラジオの夜でした。

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2011年9月16日金曜日

シンセン:街の人々

写真語り(23) シンセン 2004年

今回は街の人々をとりあげる。
今回は写真が多い目なので、今度こそ文章は短めで書く。絶対。

「賑やかな裏通り」
我々の泊まったホテルや大会の会場はメインストリートに面したところにあったのだが、そこはオフィスビルが立ち並ぶばかりで、見た目が全然賑やかではない。大阪の人に判りやすく言うと、ひと昔前の御堂筋みたいな感じで(その他の地域の方は適当な商業地を思い描いて下さい。多分だいたい合ってます)、会社には都合が良いが、観光には不向きな場所だった。

そこで一本筋を入ってみて、裏通りをうろうろしてみた。

「井戸端会議」
買い物に来たであろう人たちが、迎えの車が来るまで井戸端会議をしていた。
後ろの車の「自由過ぎる駐車」が、とてもいい感じ。

「求人票を見る人たち」
シンセンの街はそこら中に建築中の建物があり、そして日本企業も多数進出していた。
求人票の内容は判らなかったが、業態さえ選ばなければ仕事は豊富そうだった。実際、求人票を見る人の目には焦りのようなものもなく、切羽詰った感は見受けられなかった。

「路上的遊戯」
「中国人は路上で麻雀をやってる」と噂で聞いていたが、残念ながら路上麻雀は見られなかった。代わりに見つかったのがこのゲーム。トランプを使っているが、手持ちのカードの多さから考えてポーカーではないようだった。
みんな熱中してたので、僕がじっと見てても全然気がつかなかった。

「靴直します」
靴の修理屋さん。でも今直しているのはサンダル。
お客さんは椅子に座らず立ったまま待機している。

「茹でとうもろこし屋」
裏通りからさらに一本外れた裏道で営業準備中のとうもろこし屋さん。
木炭で火を焚いてその場で茹でている。しかし、鍋の直径から考えても、このとうもろこしはすでに下茹でされていると考えるのが妥当だろう。
僕はとうもろこしが好きなので一本欲しかったが、なんせ中国元を一元も持ってなかったので買うことは叶わなかった。ちょっと残念でした。


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2011年9月15日木曜日

シンセンの信号機事情

写真語り(22) シンセン 2004年

今回は、シンセンでの歩行者事情を。
毎回文章が異常に長いので、今回こそはサラっと書く!

「信号がない…」
割とデカイ道路にある交差点の横断歩道になぜか信号がない。
そして見た感じドライバー諸氏に「歩行者優先」という意識が浸透しているようにも見えない。かなりのスピードでガンガン交差点へ突っ込んでいく。
それに対し歩行者は、極めて巧みな間合いを取り、車列をくぐって向こう側へひょいひょいと渡っていく。
この歩行者とドライバーの間合いはまさに阿吽の呼吸で、日本なら自殺かと勘違いする程の近さを、立ち止まることもブレーキを踏むこともなく、すっすすっすと通過していくのである。

しかし、これは正直マネ出来ない。下手すると死ぬかも知れない。いや、死ぬ。確実に。

そこで私は、横断待ちしている現地の中国人の「車の進行方向に対して”下流側”」に立ち、そいつと同時に横断歩道を渡るという高等技術「ぱれまん作戦」を用いてこの窮地を脱した。
ああ、読んでて良かった「ぱれまん」。みんなも「ぱれまん」で検索して読んでみよう!
(※追記 作者の方からリンク許可を頂いたのでリンクしました)

それはともかく。
信号がないとなると余計に見たくなるのが心情。そんな訳で信号を捜して街をうろつく。

「信号を見つけたぞ」
ホテルから少し離れた商業施設が並ぶ通りに信号機があった。この辺りはさすがに人通りも車通りも多く、信号なしでは危険過ぎるということだろう。
しかし、信号のデザインが日本のそれとほとんど同じであまり嬉しくない。もうちょっと変わったものがないか、またふらふら歩く。

「五つの目を持つ信号機」
陽が傾き、夕方近くになってようやく目的に叶う信号機発見。名付けて「五つ目の巨人(Five-Eyes Giant)」。
赤、黄色に三種類の矢印という構成。むろんオプショナルパーツの「7セグ式カウントダウンタイマー」も装備しての堂々たる風格。うん、捜したかいがあった。
しかし、こんな立派な信号があっても、歩行者はあまり信号を守ってない感じ。自由だな。共産主義なのに。
それとも共産主義だから「赤は進め」なのかな?


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2011年9月14日水曜日

車・車・車

写真語り(21) シンセン 2004年

今は少し治まったが、昔の私はかなりの車好きで、旅行の時の楽しみのひとつに、「各国の特色のある車を見ること」というのがあった。そんな訳でこのシンセンでも「被写体が車」という写真が非常に多い。

今回はその一部を、ちょっと紹介。

「結婚式専用HONDA」
写真語り(19)で出てきたのとはまた別の結婚仕様車。こんな装飾をしてくれるお店があるみたいで、これはその店頭で今まさに装飾中だった車。
「百年好合」という文字がナンバープレートのところにはめ込まれている。

「男の車、それはトラクター」
ホテルの近所にあった工事現場へ向かうトラクター。
真ん中の車線を走っているが、この車、人の駆け足程度のスピードしか出ていない。おまけにはみ出した建材にも印(通常なら赤い布など)がつけられていない。
でも、この車にクラクションを鳴らすような車は無く、警察も特になにか注意をする訳でもなかった。実に大らかな感じ。

「三輪車は小回りが命」
上のトラクターが向かった工事現場の入り口に居たのはこの三輪車。
陽射しを避けるためか、持ち主によって運転席周辺にベニヤ等で囲いがしてある。

「ボンネットタイプは男の憧れ」
これまた懐かしいデザインのトラック。三輪車といい、ボンネットタイプといい、今の日本では全滅に近い存在だけに、これを発見した時は嬉しかった。
ちなみに運転手は運転席でケータイの通話中。古いタイプの車に、最新の通信事情というアンバランスな組み合わせがなかなかよろしい。

「タクシーなのか?観光用なのか?」
いろんなもの直しまっせ的なお店の前に居たのは、この三輪バイク。地元のタクシーなのか、あるいは観光用なのか、荷台には座席が用意され庇(ひさし)まで設置されている。
ボディに比べてエンジン部分は非常にコンパクトで、見たところ単気筒なので50~90ccぐらいだと思われる。
興味深いのはこのバイクの前輪にブレーキがついていないように見える点(前輪部分に伸びてるコードはおそらくスピードメーター用)。右手部分にレバーは残されているが、ワイヤーは接続されていない。ブレーキはフットブレーキで後輪のみ制御しているようだが、そうなるとレバーを残している点がちょっと奇妙だ。
もしかすると中国には、「バイク to 三輪車用改造キット」みたいなのがあって、バイクを買った人が各自自分で、もしくは改造ショップにて荷台を取り付けてもらってるんですかね?
ちなみに荷台のサスペンションは伝統と格式の板バネ方式。乗り心地は硬そうだ。

「この車の詳細求む!」
最後を飾るのがピンボケで申し訳ない。
この車が目の前に現れた時、あまりの衝撃についついぼんやり眺めてしまい、通りすぎる前に慌ててシャッターを切ったのでボケボケになってしまったのだ。
手作り感満載のこの車。
宮崎駿の描くところのシャーロック・ホームズの車のような。
あるいは、故富山敬さんの吹き替えでおなじみの「ほえよ!0011」の車のような。
そんな温かみのあるデザイン。そして必要最小限の機能。
最高です!

欲しい!
乗りたい!!
誰か詳細求む!!!


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2011年9月13日火曜日

ジャムコント

9月11日は、聖地・中座くいだおれビル地下一階Studio ZAZAにて「ジャムコント」でした。戻ってきた酷暑のなか、通常通り4回公演を敢行してきました。

舞台内容の詳細はいつも通り公式ブログにまかせて、また個人的な感想をば。

個人的にかなり忙しいタイミングでの開催だったこともあり、体力的に非常にきつかった。おまけに外は当然のように暑く、陽射しも目を刺す上、ジャムコント終りには文字通り駆け足で次の現場へ行かねばならなかったので時間的なプレッシャーがありありで、そうでありながらも楽屋では寝不足であくびばっかりの見た目のんびりムード、というちぐはぐな風体を晒す私。

で、チームの方はというと、芸人チームの秘密兵器、「M.V.P男」の福人(ふくんちゅ)が原因不明の欠席。かと思えば、8月公演は一度も参加しなかった月見峠・大村が電撃復帰。徹夜明けでシンドイと言いつつも、頑張って参加した西村巧は、ほとんどの時間をバックヤードで寝ていて、最近なにもかも順調な中原大介は確実にデブへの道を歩み出しており、前日「私は無力」と落ち込んでいた山田なつきは、差し入れをもらったら即座にニッコニコになり、そして長井祐也は相変わらずの役立たず。そんな感じ。

そんな状況でありながらも私はM.V.Pを一回貰いました。
えらい、えらい。

ところで今回も大塚宣幸くんが一人舞台全国ツアーの途中、空港からの直行でジャムコントに合流してくれた。忙しいのに悪いね、大塚くん。ありがたや、ありがたや。

さらに俳優チームには新加入として浅田武雄さんも参加してくれました。元々は奈良の人だそうですが、あてなく沖縄に行き、そこで7年間も舞台生活をしていたという面白い経歴の方でした。
新規参加者が居るとやってる側も新鮮で面白いので、芸人チームも新規の参加者が欲しいです。マジメに。

さて、次回開催は、10月2日(日)だということで、良かったら観に来て下さい。
500円の元は取れると思います。


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2011年9月10日土曜日

本屋で座り読み

写真語り(20) シンセン 2004年

ホテルの近所に本屋さんがあったので、中へ入ってみる。

「本屋、入り口からの風景」
す、座り読み状態…。

大人も子供も座り読み。
本棚に腰かけてる人も居たりして、自由にもほどがある。

「座り読みが中国でのデフォルト?」
店の奥に進んでみても、座り読み状態が続く。
本もわりと乱雑に扱われているのに、店主らしき人物は怒りをあらわすこともなく、ただレジ前に座ってじっとしている。

もしかしたら、ここは古本屋なのかな?と一瞬疑ったが、本棚の本はどれもこれも新品だし、痛んだり折れたりしている本はあっても古本っぽい汚れのある本はなかった。

しばらく店内を観察していたが、かなりマジメに本を一冊まるまる読んでいる様で、とても「ちょいと内容確認」というような感じではなかった。

中国で本を売るのは、大変だな。こりゃ。


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2011年9月8日木曜日

暴走する結婚式

写真語り(19) シンセン 2004年

シンセン到着の二日目。暇なので街をブラブラすることに。ホテルを出てすぐ近くにある広場がなにやら賑やかだったので見に行く。

「広場の中に車が乗り入れている…?」
広場の入口に20台程度の車が乗り入れ、なにやら騒がしい。一体なにをやってるのかと覗いてみると…。

「結婚式?」
真ん中に新郎新婦と思われる二人。そして、それを取り囲んでいるラフ過ぎる人々(タンクトップて…)。みんなで代わる代わる写真を撮っていた。

まさかここで結婚式をしていた訳じゃないと思うが…。

多分、知人友人に対するお披露目、記念撮影会をやっていたのだろう。バンクーバーに行った時も、結婚式のすぐ後に、新郎新婦・親戚郎党は正装のまま(新婦はもちろんウエディングドレス)、クイーン・エリザベス・パークというちょいと小高い公園で記念撮影を撮るというのを「バンクーバーでの結婚式には欠かせない行事」としてやってたので、それと似た様なこの付近の儀式・様式なのだろう。

広場の真ん中には、記念碑的なデカい石柱が立ってるのに、そこへ行かないところが、ちょっと不思議だったが…。ちなみに上に架かっている横断幕は結婚式とはなんの関係もない街のスローガンかなんかである。

「次の目的地に移動するぜ」
ひとしきり写真を撮った後は、各自車に乗り一斉に移動。
車は結婚式用に装飾が施され、ナンバープレートにはお祝いの言葉がはめ込まれている。

ちなみに上の写真、車が走っているのは自動車道ではなくれっきとした歩道である。歩道上を自動車が20数台一斉に走りだすのだ。危ない危ない。

こんな危険なことが出来るのは、単にお国柄なのか、ナンバープレートが見えてないという安全保障からか、それともこいつらが実は暴走族だったからなのかは、僕には判別不能です。


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